6-13 この先も共に駆ける②
窓の外で突風が吹きあがり、窓が僅かにガタガタと音を立てた。それにサリーが振り返ったと同時に、モーリスの武骨な手が彼の腰を捕らえた。
「嘘。めちゃめちゃ妬いてる」
無遠慮に彼を引き寄せ、唇が触れそうな位置まで顔を寄せれば、白い頬がぱっと染まった。
「ちょっと、こんなとこで」
「今は、誰もいないって」
「もうっ! そう言うのは、宿舎に戻ってからで」
「キスだけだから」
ダメかと問えば、サリーは仕方ないなと言わんばかりに微笑んだ。そのまま唇が重なりそうになった時──
「おいおい、いちゃつくのは部屋でやれ」
間延びした声が響き、ハッと我に返ったサリーの平手がモーリスの顔面にさく裂した。
振り返ると、そこに涼しい顔をした比企中佐と、真っ赤な顔をした綾乃がいた。
「中佐! 何のことでしょうか?」
「そういう事でしたら、早々に退勤をしたいと──」
焦るサリーの横で敬礼をするモーリスは、拳を一発食らうと大人しく黙り込んだ。そんな様子を気に留めることもなく、比企は手ごろな椅子を引いて腰を下ろした。
いつものピルケースがカシャカシャと鳴った。
(
じんじんと痛む頬を摩りながら、モーリスはサリーと顔を見合わせた。
「お前らに、ちょっと蒼の森に行ってきてもらいたい」
「蒼の森、ですか?」
「お前が報告した
「中佐、どうして、関係がないと分かったんですか?」
比企は手を止めると、残念そうに嗚呼と相槌を打つ。その顔には、レネ・リヴァースと魔狗に関係があれば、どれほど楽だっただろうか、と書いてあった。
「レネ・リヴァースの言葉を信じる前提だが、シーバートの魔物使役能力には様々な制限があるらしい。あの女が操れるのは魔樹だけだ。そして、捕まえた配下の男達に使役能力はなかった」
あの男達も捕まったのか。そんなことを頭の片隅で思いながら、モーリスは思案する。
(てことは、各地の異変はレネ・リヴァースとは別件……厄介だな)
最悪のシナリオはシーバートとの開戦かと思っていたが、どうやら、新たな異形の誕生が各地で多発という可能性が浮上したことになる。新たな異形が確認されれば、他国との戦争どころではない。
いや、そこに付け入ろうとする国が現れるかもしれないことを考えると、どう転んでも
耳の奥で、魔狗の
(忙しくなりそうだな、これは)
モーリスが僅かに口角を上げるのを目にした比企は、掌に落としたラムネをボリボリと噛み砕いた。
「各地の調査隊の報告が上がるまで、候補生の育成を止める訳にもいかないからな」
「今の状況では、候補生に赤の森どころか、蒼の森への立ち入り許可が下りません。対策を立てる為の情報が欲しいんです」
比企の話を補足するように頼む綾乃の言葉に、なるほどと思いながらモーリスとサリーは頷いた。
つまり、行って群れの数を減らしつつ状況を確認して来いと言う話だ。教官である彼らは、候補生の為により学びやすい
「異形を確認ができれば、なお望ましい。なんなら、潰してこい」
「中佐、昨日の激務を考慮しての控えじゃなかったんですか?」
「いちゃつく余裕があるなら、魔狗くらい朝飯前だろう。足手纏いのひよっ子どもはいない。好きに暴れて来い」
「俺、この間その魔狗に手傷を追わされたんですけど?」
「腕が落ちたか?」
にやりと笑う比企に、ご冗談をと言って微笑み返したモーリスはサリーの肩を抱き寄せる。
「戦場の女神を連れていくなら、俺は無敵ですよ」
「誰が女神よ、誰が!」
「天使じゃ格好がつかないだろ?」
「あたしは、男! そして、あんたと一緒の軍人!」
顔を真っ赤にしたサリーはモーリスの手を払うと、言葉とは裏腹に、満更でもなさそうな様子でそっぽを向く。そんな二人を見た比企は、面白いとばかりに声をあげて笑った。
「お前らがいれば、アサゴは安泰だな!」
「それでは、ジンにも声をかけてますので、よろしくお願いします」
比企の横で、綾乃がにこりと笑った。
初めからモーリスとサリーに断る理由などなく、教官としての
「尊敬する比企中佐と──」
「あたし達の少将ちゃんのお願いとあれば」
背筋を伸ばし、佇まいを正した二人は美しい敬礼を見せる。
彼らの様子に破顔した比企が「行ってこい!」と号令をかければ、モーリスとサリーは共に、教え子達のために駆けていき──
「ちょっと、デレデレしない! バカモーリス!」
賑やかな声をアサゴ基地内に響かせていった。
End.
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最後までご覧いただきありがとうございました。
モーリスとサリーの、恋とアクションを楽しんでいただけたでしょうか?
二人のいちゃラブが少し足りないと思われた方もいると思います。今、おまけの後日談を公開します。
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