5-12 バカなくらいが丁度いい

 モーリスの様子にサリーが怪訝そうな表情を向けた。何よと問い返せば、腰の魔装短刀マギア・ブレイドを引き抜きながら、彼は「ちそうだ」とこぼす。


「バカなこと、言ってんじゃないわよ!」

「お前のキッツい眼差しが好きなもんでね」

「……あんた、もしかしてSMそっちの趣味があるの?」

「さぁ?」


 がさがさと茂みが音を立てた。

 

「縛られる趣味はないぜ! まずは、呼び寄せられたザコ魔樹の掃討だ」


 細い触手がしなり、捕らえようと迫ってくるのを目視する間もなく、魔装短刀を翻したモーリスは、その直後の小さく舌打ちをした。

 赤い一閃で薙ぎ払い、炎に巻いたはずだった。しかし、すんでで逃れた一本が、諦め悪く伸びてきた。

 腕に絡まろうとする魔樹ローパーの触手に刃を立て、切り離そうとした時だ。銃声が響き渡り、地面にぼとりとそれが落ちた。振り返れば、サリーが魔装短機関銃マギア・サブマシンガンを構えてモーリスを見据えていた。


「俺に当てる気か!」

「訓練校歴代四位の実力、舐めないで」


 清々しいまでの自信に満ちた顔がそこにあった。

 モーリスは満足そうに笑い声をあげた。


「それだよ、それ。俺の好きな愛翔まなとだ」

「無駄口叩いてる場合?」

「キスしたい」

「バカ言ってるんじゃない!」

「本気で勃つ」

「バカモーリス!」


 嫌がる素振りはなく、いつもの様にバカとののしったサリーは周囲に視線を投げる。


(──嫌がりはしないのか)


 口角が上がるのを堪えられず、モーリスは無意識に舌なめずりをする。

 こんな時だからこそ、そんな些細ささいなことが望みになるものだ。

 緩んだ口元を一度引き締め、魔装短刀マギア・ブレイドの柄を握りこんだ。

 

「終わったら、嫌がってもキスするからな」

「ほんと、バカ!」

「バカなくらいが丁度いいだろ?」


 にやりと笑うモーリスに、サリーは呆れた顔をしながらも「そうかもね」と呟いた。

 視線を交わし、頷きあった二人は同時に地面を蹴った。

 魔樹を切り刻み、撃ち抜きながら木々の陰に身を隠し、近づいてくる染野慎士を目測する。

 レネ・リヴァースから十メートルも離れずに歩んでくるのを見ると、サリーの言うように、あの触手を防護壁のように扱うのだろう。


 小さな魔樹の最後の一体を撃ち抜いたモーリスは、木肌に背を預けると息を吐いた。

 魔装短機関銃の有効射程は百メートル。一般的な短機関銃サブマシンガンよりも短い。その代わりに魔法マギアを発動すれば、より広範囲にダメージを与えられるのが最大の利点だ。

 しかし、レネ・リヴァースの魔樹は想定以上に固いことが懸念材料となる。

 それにと、モーリスは脳裏に沈痛な面持ちの染野少佐とサリーの顔を思い浮かべた。もしものことがあれば、残念だがサリーも泣くのだろう。そう考えると、くだらない嫉妬が鎌首をもたげた。


(クソむかつくが、少佐の頼みだ。それに、ヤツの顔面、一発ぶん殴らないと気が済まないし──)

 

 死人を殴る趣味はない。そう心の中で苦笑したモーリスは、深く息を吐き、意を決する。何が何でも生きたまま連れ帰る、と。


「愛翔、いくぞ」

「OK」

 

 静かな応答を確認し、ぬかるむ地面を踏みこんだモーリスは、染野慎士に照準を合わせると、躊躇ためらうことなくトリガーを引いた。

 予測通りに、レネ・リヴァースの触手が壁となる。

 それでも構わずに、一点を狙い続けた。


(一瞬、一瞬でいい!)


 じわりじわりと距離を詰めながら、触手の壁を削る。そして、その一瞬は訪れた。


「愛翔!」


 その名を呼ぶ声は、鋭い銃声にかき消された。

 触手の隙間を縫って弾丸が赤い尾を引く。

 直後、破裂音と共に、触手の壁の向こうで何かが倒れる音が響いた。


 すぐさま銃口を巨大な魔樹に向けたモーリスは、太い幹に向かって、遠慮なしにトリガーを引く。

 染野慎士を覆って傷ついた触手がガサガサと音を立て、しなり、レネ・リヴァースの元へと引いていくが、間に合わず──


「爆ぜろ!」


 幾重にも重なった魔法陣から火の手が上がり、レネ・リヴァースの悲鳴が飲み込まれた。

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