5-11 優先事項は、レネ・リヴァースの確保
染野慎士の目に迷いや憂いはない。ただ真っ直ぐな眼差しがサリーを捕らえていた。
「戦う場が与えらえるなら、俺は何でもする」
「ほんっとバカ! 少佐が、どれだけあんたを心配していると思ってんのよ!」
「サリー……お前には感謝しているよ」
一瞬、染野慎士は言い
「翁川中尉とそこの男の武勇伝を聞くのは、本当に楽しかった。それに、候補生のことを心配するお前は、可愛かったよ」
「……なに、よ、それ……」
「おかげで、ターゲットを絞ることが出来たんだからな」
お前に近づいたのは、全て計画通り。恋慕の欠片なんてものはない。そう言葉にされるよりも、彼がありがとうと再び感謝の言葉を口にすることの方が、何倍も辛く、サリーの心を
綺麗な顔が悲しみに歪んだ。
奥歯を噛み鳴らしたサリーは言葉にならない叫びをあげた。それを見て、レネ・リヴァースも狂ったように笑い声をあげる。
打ち震えるサリーから溢れ出す悲しみ、怒り、絶望、ありとあらゆる負の感情が、モーリスの胃の奥を締め上げた。
レネ・リヴァースの耳障りな高笑いに舌を打ち、鋭く睨み付ける。
「あんた達はいい魔精を持っているわ! 我が国でたっぷりと、その子種、絞り尽くしてあげる」
「そんな要求飲むわけないだろう!」
「下がれ! サリー、いったん引くぞ!」
煙幕を張り、すぐさま腰のポーチに下がる
数秒後、背後で眩い光と音が炸裂した。
木の陰に走り込んだモーリスは、手早く弾倉を差し替えながら、この先どう出るかを考えていた。
(染野慎士の足では、俺等に追いつけないだろう。それに、魔樹の移動速度も高が知れてる)
後は、二人をどう捕らえるかだと考えを巡らせたモーリスは、額の汗を拭った。
「素直に出てきて従え! そうすれば、候補生と女は見逃してやる!」
冷静さを欠いた声が響き、モーリスは口元を引き締める。
そっと物陰から様子を伺うと、染野慎士が
(ヤツ一人を捕らえるなら、雑作もないな。問題は、レネ・リヴァースか)
レネ・リヴァースの操る魔樹だが、負傷者と民間人を抱えて立ち回るのは不利に思えた。かと言って、撤退を選んで彼らがアサゴの外に逃れる機会を与えるのも避けたかった。
(それに問題は、もう一つ……)
ちらりとサリーに視線を移したモーリスは、彼もまた戦える状態ではないだろうと判断した。トラウマ級の魔樹と惚れた男を相手にするのだ。その弾道が鈍っても、おかしくない話だ。
(最悪、ヤツを殺すことになるだろうが……)
今はスタンドプレイが最善だと、魔装短機関銃の残りの弾倉を確認しながら、モーリスは結論を出した。
例え無茶な戦い方をして怪我を負うことになろうが、目の前の二人を野放しにするわけにはいかないのだ。特に、レネ・リヴァースを逃せば、後々脅威となることは明白。
さて、軽い怪我で済めば良いが。そう懸念の言葉を浮かべ、モーリスは口元にうっすら笑みを浮かべた。
「サリー、お前は白雪と一緒に、二人を基地に運べ」
「……いやよ!」
「お前に染野慎士は撃てないだろ。奴の動きを止めなきゃ、レネ・リヴァースを捕らえられない」
白雪に目配せをしたモーリスは、帰還せよと命じた。そして、サリーの背を押す。
一歩、二歩と白雪に向かって足が踏み出された。だが──
「あんたを残せるわけないでしょう! バカモーリス!」
振り返りざまに魔装短機関銃の銃口を定めたサリーは、そのトリガーを引いた。
突然のことに目を見開いたモーリスは、足元に落ちてきたものに視線を落とした。そこで、魔樹の触手がびたんびたんとのたうち回っていた。
咄嗟に、辺りを見回す。
いつの間にか、数体の小さな魔樹が二人に近づいていた。
「白雪、行きなさい。あんたの主人は、あたしに任せて!」
サリーがトリガーを引くのを見た白雪は、背中に清良とケイを放り投げると駆けだした。
態勢を整えたサリーは濡れた頬を拭った。
白い肌を汚していた泥ととともに、涙の痕が擦り取られる。
「無理すんな。俺一人でも──」
「バカにしないで。何年軍人やってると思ってるの?」
弾倉を抜くとフル三十弾を叩き込んだサリーは、強い眼差しをモーリスに向けた。何も問題はない。さぁ、行こうと言うように。
一瞬、あまりにも強い眼差しに息を飲んだモーリスは、はんっと鼻で笑う。そして、小さく「やっぱ敵わねぇな」と呟くと、イヤホンをコツコツと叩いた。染野慎士に悟られないように声を抑えて話そうという合図だ。
距離をとった二人は、木の陰から様子を伺いながら声を潜めた。
「ヤツの義足を狙う。まずは足を止める」
「女が触手で
「
「……火力だけなら、あんたの右に出るやつはいなかったわね」
小さなため息が耳に届き、モーリスは口元を緩めて「言い方」と笑いながら呟いた。
「必ず捕まえるわよ」
「あぁ……出来ることなら
「当然よ。きっちり罪を償わせるわ。
真っすぐに先を見据える瞳に、迷いはなかった。
(腹をくくった愛翔は、強いからな)
そんな強い眼差しに背筋がぞわりと総毛立つのを感じ、モーリスは思わず喉の奥で笑った。
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