5-10 狂気に咲く

 広場の中央で、触手をしならせる巨大な魔樹ローパーの頭頂部で絡み合っていた触手が、一本、また一本としなりながら解れていく。

 何か、変化が起きている。それは明白だった。


 煙幕の中を駆け抜けた白雪スノウは意識のないケイ・シャーリーと織戸清良おりとせいらくわえると、すぐさまその場を離脱する。それを確認したモーリスはサリーに視線を投げた。


「さぁ、どうする」

「あの女、少将ちゃんを狙ってるって言ったわ」

「見逃すわけには、いかないな」


 元よりその気はなかった。

 頷きあった二人は、巨大な魔樹ローパーに意識を集中した。すると、数多の触手の間から、巨大な蕾が姿を現した。


「……ちょっと、あんな大きな花、見たことないわよ」


 声を振るわせるサリーの顔面は蒼白で、嫌な過去を思い出しているのは明白だった。

 息を飲んだモーリスも低く嗚呼ああ相槌あいづちを打った。その直後だ。


「いいわ。実にいいわ、あなた達!」


 高飛車な笑い声が響き渡り、魔樹ので膨れた巨大な蕾が花開いた。その中から、首をもたげて姿を現したのは、白濁とした蜜にまみれたレネ・リヴァースだった。


 閉ざされていた瞳が開かれ、恍惚こうこつとした表情を浮かべた彼女は、モーリスとサリーの姿を捕らえた。

 身に着けていた服は酸にでも溶かされたのか。ぼろきれの様になって、上げられた両手からずるりと滑り落ちた。

 甘い芳香が風に乗って広がった。


「あぁ、これであなた達が女だったら、もっと良かったのに!」

「それは残念だったな!」


 声を上げたモーリスは、レネ・リヴァースに狙いを定めてトリガーを引いた。しかし、その銃撃はすべて、うねる触手の壁によって防がれた。


「気が早いのね」

 

 触手の間から姿を見せたレネ・リヴァースは、その裸体を惜しげもなく空気にさらすと、実に楽しそうに微笑んで白い腕をつっと指先で撫で上げた。

 白い指はさらに胸のふくらみに触れる。その肌は瑞々しく張りがあり、まるで生まれたばかりの赤子の様に弾力があった。


(魔樹の魔精を取り込んだのか……?)

 

 一回りほど若返ったようにも見えるレネ・リヴァースの、赤く艶やかな唇がにっと弧を描いた。


「知っていて? シーバートは出生率が低いの。しかも、産めど増やせど、強い魔精を持って生まれるのは女ばかり。前線に立つのは男が望まれると言うのに、どうして私達ばかりがこうも苦しむのかしら?」

「知るか!」

「おかげで女の仕事は子を増やすこと。男の子を授かった者は称賛されるけど、女の子を授かった者は……はらませるしか能のないおまえらには分からないわよね、この苦しみ」


 したんっと触手が大地に打ち付けられた。


「でも気付いたのよ。女が強い魔精を持つなら、女ばかりの軍を作れば良いじゃない。男達を従わせ、私たちが道を開くのよ!」


 その為になら、何だってする。その考えに、染野慎士は共感したのだろう。

 レネ・リヴァースの熱弁ぶりに寒気すら感じ、モーリスは顔をしかめた。


「ただ、人手が足りないのよ。一人産むのに一年かかるでしょ? 育てるのも時間と人手がかかる。私達が軍人として生きるためには、もっと協力者が必要なの。だから、各国でスカウトしているのよ。強い魔精を持つ子を産みそうな若い娘をね」

「スカウト、だと?」

「えぇ……強い女を産むため我が国シーバートに来ないかって。最上級の待遇でもてなすわ」

「拒否権がないのを、スカウトとは言わないよな!」

「あら、そうなの? じゃぁ、訂正するわ。我が国の繁栄のため──」


 地面でうごめいていた触手が波打ち、大きくしなって宙を舞った。その広がる様は、まるで枝葉を広げた巨木のようだ。その中央で、レネ・リヴァースは狂ったように声を上げる。

 

子宮おんな保護さらいに来たとね!」

 

 血走った眼で笑い声をあげるレネ・リヴァースに嫌悪感を抱き、モーリスは「狂ってやがる」と吐き捨てた。

 ひゅいっと空を切って襲い来る触手を交わしながら、モーリスとサリーは後退した。


 この小さな広場の端から端まで軽く見積もっても、距離は五百メートルあるかどうかだろう。そのほぼ中央にレネ・リヴァースはいる。

 しなる触手の攻撃を遮るものはない。


(身を隠せるものはなし、か)


 相手の手の内が分からない今はまだ、林の中に戻っての銃撃戦に持ち込む方が良さそうだ。そう考えていると──


「慎士! あんた、こんなバカげたことに手を貸していたの!?」


 サリーが怒りの声を上げた。

 触手の動きが止み、魔樹の上にいるレネ・リヴァースは笑い声をあげた。


「この期に及んで、説得できると思ってるのかしら? アサゴの男は甘いのね。慎士!」


 面白い展開だと言わんばかりににやにやと口元を歪ませるレネ・リヴァースは、魔樹の傍らに視線を落とした。

 物陰から再び姿を現した染野慎士の手には拳銃が握られ、その銃口はサリーに向けられた。

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