5-9 レネ・リヴァースと赤い花

 林の中、ぽっかりと空いた小さな広場は、咲き乱れる赤い花に埋め尽くされていた。

 その中央にレネ・リヴァースが立っていた。

 しわ一つないグレイのスーツの胸元を飾るピンクのスカーフには、真っ赤な花が添えられている。それは、背後にたた魔樹ローパーの花と酷似していた。


 過去の記憶がよみがえったのか。サリーが喉を引きつらせるようにして小さく呻いた。震える指が、彼の腰を支えるモーリスの腕に食い込む。そうすることで、何とか平静を保とうとしたのだろう。

 大丈夫かと声をかける間もなく、その指がすっと離れた。どうしたのかと横を見れば、彼は瞳を見開いて唇を振るわ褪せていた。その視線の先には──


「清良、ちゃん」


 レネ・リヴァースの足元で織戸清良が倒れていた。彼女を抱えるようにしているケイ・シャーリーは、傷を負っているのか、その服に血の滲みが見られた。

 堪らず、モーリスは舌を打つ。


「あら、残念。を引いたようね」


 レネ・リヴァースはため息交じりにそう言うと、魔樹の陰に視線を向けた。そこから現れた男は、ざりっと地面を踏み鳴らした。今、サリーが最も会いたくない男、染野慎士だ。

 赤い唇が震え、風に消されるほどの声で「慎士」とその名を呼んだ。


「私が欲しいのは翁川の孫娘だと言ったはずよ」

「申し訳ありません。しかし、その二人も魔装使いの中では相当の手練れ」

「その言葉、信じて良いのかしら?」

「神に誓って、あなたを裏切りは致しません」


 染野慎士の冷たい瞳がサリーに向けられた。そこに愛情の欠片などなく、あるのはただ一つの敵意。

 震える肩に手を添えたモーリスは厳しい眼差しを二人に向けた。


「そこの二人を返してもらう。そして、染野慎士、基地まで同行を願う」

「この状況で何を言っているんだ? 面白い冗談だ」

「冗談は好きじゃない。俺はいつだって本気マジだぜ。そこの首謀者レディにもご同行願おう」

「ごめんなさい。私、本国に帰ろうと思うの」

「それは出来ない」


 白雪スノウの背から飛び降りたモーリスは、魔装短機関銃マギア・サブマシンの銃口を二人に向けた。


「基地で、洗いざらい喋ってもらおうか」

「お断りするわ」


 にこりと笑ったレネ・リヴァースは魔樹の幹に触れると「お腹がすいたでしょ?」と囁いた。

 木々のざわめく音が響く。

 何が起きようとしているのかと、辺りの動きに意識を巡らせたのも束の間だった。


「モーリス、上っ!」


 サリーの悲鳴に近い呼び声が響き、弾かれるように、モーリスは上空へと視線を投げた。そこでうごめいていたのは無数の触手だ。

 咄嗟とっさに照準を合わせ、トリガーを引こうとした瞬間だった。


 しなった触手が音を立てて空を切った。しかし、それは二人に

 無数の触手はレネ・リヴァースの体に絡みつき、その体を魔樹の真上へと持ち上げる。そして、ひときわ太い一本が彼女の体を飲み込んだ。


「──な、に?」


 状況が理解できず、脳が一瞬、考えることを止めた。その一瞬の間が隙となった。

 モーリスが息を吸いこんだ瞬間だ。

 銃声が響き、左の肩に熱を感じたモーリスは撃たれたことに気づき、反射的に銃口を染野慎士に向けた。だが、その姿はすでに魔樹の陰に隠れていた。


「モーリス!」

「ちっ──白雪スノウ! 織戸清良とケイ・シャーリーの確保だ!」


 白雪の背から飛び降りたサリーは彼の傍に駆け寄る。その後ろで地面を蹴った白雪は、うごめく魔樹に突撃を開始した。


「腕、見せなさい!」

かすっただけだ」

「ほんっと、怪我ばっかり!」

「小言は後で聞く。打って出るぞっ!」


 訓練中とか言っている場合ではない。


『お前たちは、実戦に突入することを念頭に置いて、行動するように』


 比企中佐の声が、二人の脳内で響いた。

 魔装短機関銃を構え、白雪が前進するのを援護しつつ、モーリスはレネ・リヴァースを飲み込んだ触手を探す。それにサリーも追随ついずいし、トリガーを引いた。


 激しい銃声が空気を震わせるが、触手は怯むことがない。

 花を咲かせる魔樹の幹は厚く、しなる触手の動きも素早かった。先ほどまで回収していた若い魔樹とは雲泥うんでいの差だった。

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