5-8 消し炭になれ!

 白い樹液がほとばしり、引き千切られた触手は地面でのたうち回る。

 白雪スノウの背を蹴ったモーリスは、そこにいた魔樹ローパーの真上に飛び降りた。伸びてくる触手にかまわず、握りこんだ魔装短刀マギア・ブレイドをその頭長部に振り下ろした。


「消し炭になれ!」


 突き立てられた刃が厚い木肌を裂き、その内部に向かって真っ赤な熱を放出した。

 眩い光の中、モーリスに伸ばされた触手はボロボロと崩れていく。


愛翔まなと!」

魔精回収マギア・コレクト!」


 その名を呼ぶのが先か、それとも一発の銃声が響くのが先だったか。

 モーリスが魔樹を蹴って飛び退いた直後、その朽ちていく躯体は真っ赤な魔法陣に飲み込まれた。

 地面に降り立ち、周囲を見渡す。

 一体、二体、三体──


「いつの間にこんなに入り込んだんだ」


 数えるのも面倒に感じながら、遠くから様子を伺うようにうごめく気配に、モーリスは顔を歪ませた。

 派手に魔樹を一体を刻み、燃やしたことで他の個体は二人に襲いかかるのを躊躇ちゅうちょしているようだった。

 ぴんと糸が張り詰めたような空気の中、モーリスは息を殺した。

 魔装短機関銃マギア・サブマシンガンが使えない状態では、いくら花を持たない魔樹だとしても、数を削るのに苦労するのが想像できる。


(一気に回収したいところだな。白雪に食わせるか)


 ざっと確認が出来た魔樹は八体。

 距離十数メートルを保っての一斉回収は骨が折れると内心でひとちりながら、モーリスは口角を上げる。──だが出来なくはない、と。


「ひとまず刻む! 愛翔、お前は白雪と駆けろ!」

「え、ちょっ、モーリス!?」

「白雪、食事の時間だ!」


 サリーがどういうことかと声を上げるよりも先に、主の意図を察したのは白雪だった。

 その獰猛どうもうな瞳は木々の間に隠れる魔樹を捕らえた。

 白い巨体が飛び掛かり、薄暗い森の中を跳躍する。


 木々がざわめいた。枝葉が揺れる音が次第に大きくなっていく。

 白雪は、襲い来る触手にその鋭い牙と爪を立て、木々の間を縦横無尽に駆け巡った。その背の上で、サリーは降り飛ばされないよう、しがみ付くしかない。

 ブチブチと触手が引き千切られる音の中に走り込んだモーリスは、赤い刃をひるがえした。


めぐれ灼熱!」


 放たれた赤い閃光は四方八方に走り、幾体もの魔樹に突き刺さった。

 切り落とされた幾本もの触手は地面に叩きつけられ、その切り口から火に包まれていく。それは、びたんびたんと暴れた末に燃え尽き、灰塵かいじんとなった。

 辺り一帯が、甘い魔樹の蜜とすすの匂いで充満する。


(くそっ、反吐へどが出る!)


 小さく舌打ちをしたモーリスは間をおくことなく、襲い来る触手を刻み、燃やし、絶えず攻撃を叩き込み続けた。

 一秒でも早く、その躯体から魔精石を回収するために。


 わずかに息が上がり始めた頃には、触手の多くを失った魔樹数体とモーリスとの距離が幾分かせばまっていた。今すぐにでも襲い掛かろうと、それらは残り少ない触手をしならせる。

 それを掻い潜り、モーリスは輪の中から駆け出し、声を張り上げてサリーを呼んだ。


「愛翔、風だ! 打ち上げろ!」


 モーリスの意図を白雪も即座に理解したのだろう。後方に飛びのき、魔樹と距離を保って咆哮ほうこうを上げた。その背で苦悶の表情を浮かべていたサリーは、腰のベルトから愛用の鉄扇を引き抜く。

 ザンッ──

 重い音を奏で、開かれた鉄扇に刻まれた白い紋様が光を放つ。


「駆けよ疾風!」


 打ち上げる様に翻された鉄扇は、白い光と風を巻き上げた。

 それはごうっと音を立てて木々を薙ぎ払い、辺り一帯の魔樹を打ち上げるうずとなる。そこに間髪入れず──


「消し炭になれ!」


 モーリスの放った赤い閃光が渦に打ち込まれ、燃え盛る炎が渦となった。

 轟々と燃える中、幹が割れる音と断末魔が響き渡る。

 素早く魔装短刀マギア・ブレイドをベルトに戻したモーリスは、ホルスターから回転式銃リボルバーを抜く。

 撃鉄を起こし、狙うは炎の渦の中心。


「くたばりやがれ」


 低く声をこぼし、トリガーを引いた。


魔精回収マギア・コレクト!」


 放たれた弾丸は渦の中に打ち込まれ、モーリスの発動の合図とともに、巨大な魔法陣を描いた。

 断末魔と共に、炎は魔法陣に飲み込まれていく。それは次第に小さくなり、消し炭と共に細かな赤い結晶が地面に落ちてきた。

 それを手にしたモーリスは顔をしかめる。


(やはり、小さいな……)


 これはどういう事かと首を傾げていると、すぐ傍に白雪が歩み寄ってきた。

 鼻を鳴らしながら、その頭をモーリスの背中に擦りつける仕草は、まるで頑張ったことを褒めてくれと言っているようだ。


「ご苦労さん、白雪」


 わさわさと毛足の長い毛並みを撫でると、むわっと魔樹の甘い蜜の香りが漂った。その口からも、甘い匂いが漂ってくる。


「お前、食いすぎだろう。そんなに腹が減ってたのか?」


 やれやれと思いながら白雪を撫でていると、頭上から恨めしそうに名を呼ぶ声が響いた。

 仰ぎ見れば、大層顔色の悪いサリーがジト目でこちらを見ている。


「モーリス……あたしが白雪の背にいる必要なかったんじゃない?」

「そうか?」

「そうよ。それに、燃やすなら最初からそう言って!」

「怒んなよ。白雪の速度について来れる魔物はそう多くない。一番安全な場所だ」


 白雪の背に飛び乗ったモーリスは、サリーを腕の中に引き寄せた。


「誰も、安全な場所なんて求めてないわ」

「だからだよ。お前と魔樹は相性が悪すぎるだろ」

「足手纏いだって言いたいの?」

「そんなことはない。頼りにしてるぜ。ただ、それは時と場合──」


 話の途中で口をつぐんだモーリスは、鼻をすんっと鳴らす。

 そよいだ風が、甘い香りを運んできた。


「さぁて、あと何体いるんだろうな」

「……知らないわよ」

「陽も沈みかけだ。急ぐぞ」


 モーリスが合図を出すと、白雪は再び木々の間を縫うように、甘い匂いを辿って走りだした。

 血と蜜の入り混じるそれは次第に濃くなり、モーリスの腕の中に大人しく収まっていたサリーの肩も強張りが酷くなっていった。


 そして、突如開けた視界の先に、二人は真っ赤な花園を見た。

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