5-13 怒りのマギア・コレクト

 焼き切られた触手がぼたぼたと地面に落ちた。

 立ち上がる炎と煙の向こうに見えるのは、蕾のような影。

 目を凝らしたモーリスは小さく舌打ちをした。


(──やはり、守りは触手だけじゃないか)


 レネ・リヴァースに意識を向けていると、後ろでがつっと何かが蹴られる音が響いた。

 視線をちらりと投げると、美しいサリーの足が染野慎士の手を踏みつけているのが視界に入った。

 そのすぐ傍で、転がった拳銃が泥にまみれている。


「諦めなさい」


 表情を消したサリーは、絶望に染まる染野慎士から顔をそらすと、モーリスに視線を向けた。

 頷き返したモーリスは火に包まれた魔樹へと、厳しい眼差しを向けた。

 パチパチと火の粉が舞う中、再び蕾が開く。灰と煙が巻き上げられ、その中から顔を上げたレネ・リヴァースは高らかに笑い声を上げた。


「もう遅いわ!」


 触手がうねり、火の上を這っていく。その中で笑い続ける姿は破滅を喜ぶ狂喜に染まり、人ならざるモノにしか見えなかった。


「私の魔樹は、狙った獲物を確実に捕らえる。このアサゴから全て奪いつくしてあげる!」


 レネ・リヴァースの笑い声が、薄暗い林の木々を揺らす。

 狂気に踊る姿はあまりにも滑稽こっけいだった。

 憐みの眼差しを向けていたモーリスは、市街地の方角に爆撃音を捉えて空を仰ぎ見た。

 林の奥、市街地の方角が赤く染まっていた。


「何をした?」

「ふふっ、ははっ──あははははっ! 遅いのよ! 私の可愛い子ローパーを呼ぶ召喚サモンズ弾を浴びるが良いわ!」


 響く砲撃は祝砲だと言わんばかりに、レネ・リヴァースは両手を広げて暗い空を見上げた。

 勝ち誇ったような高笑いを前に、顔色一つ変えないモーリスは回転式拳銃リボルバーをホルスターから抜く。


「お前、アサゴを舐めすぎだ」


 鳴りやまない砲撃を背に、モーリスは口角を吊り上げる。その表情には余裕すらある。

 銃口が、レネ・リヴァースに向けられた。

 それに臆することなく、目を細めた彼女は撃てと言わんばかりに、その豊かな胸を揺らし、ずいっと顔を前に押し出した。

 血走った眼がぎょろりと動き、モーリスを凝視する。


「苦し紛れに何を言い出すのかしら? お腹をすかせた私の魔樹は貪欲なのよ。そこらの野良の魔樹ローパーと一緒にしないで欲しいわ」


 すすけた頬を手の甲で拭ったレネ・リヴァースは舌舐したなめずりをすると、まだ残っている触手を数本しならせる。その中の一本は、染野慎士に向けられた。


(──助ける気か!?)


 モーリスが視線を向けたときには、すでにサリーの魔装短機関銃マギア・サブマシンガンが火を吹いていた。だが──


「慎士!」


 触手は、咄嗟とっさに放たれた弾丸を掻い潜り、片足を失った染野慎士を捕らえた。

 ぐんっとしなった触手に、彼の身体はいとも容易たやすく吊り上げられた。その顔は驚愕と恐怖に歪んでいる。


「レネ様、これは、どういう……」

「私の魔樹に魔精を与えられるのよ。足手纏いに残された道として、はないでしょ?」

「私は、足手纏いになどなりません!」

「ふふっ……愚かね。そんな愚かさを愛していたわよ」


 恍惚とした表情のレネ・リヴァースは、赤い唇をにたりと歪ませた。

 一本の触手が先端をぱっくりと開き、白い滴りを落として染野慎士に近づく。


「──頭を下げろ、染野慎士!」


 声を張り上げたモーリスは、魔装短機関銃の銃身を向けた。

 開いた触手の中に、容赦のない弾丸が叩き込まれる。そこに、サリーの鉄扇が放った風の刃が追い討ちをかけた。


「愛翔! 染野慎士を確保しろ!」

「言われなくっても!」


 地面に叩きつけられる染野慎士に駆け寄ったサリーはその体を抱え上げる。そのすぐ傍で、うごめいた触手がモーリスの銃撃によって粉砕された。

 重い体を引きずり、魔装短機関銃で応戦しつつ後退したサリーは、染野慎士の掠れた声が自分の名を呼ぶのを耳にした。


「サリー……どうして、助けるんだ」


 銃撃音の中、僅かに拾えた声は弱々しい。

 触手が届かないだろう距離に染野慎士を下ろし、サリーは空を見上げる。そこは丁度ぽっかりと開いている。そこに向かって「紅火ルーフス!」と叫んだ。


「少佐の頼みだから。それ以上でも、以下でもない」


 感情の読めない声でそう告げ終えると、赤い輝きを放つ紅火が舞い降りてきた。


軍人あたしたちは、上官命令おねがいには絶対服従なの。そんなことも、忘れたの?」

 

 その羽ばたきに触手は煽られ、レネ・リヴァースは唇を噛みしめていた。

 染野慎士を背にのせた紅火は再び舞い上がる。それを確認したモーリスは地面でびたびたとのたうつ触手を踏みつけた。


「俺は、染野慎士が嫌いだ。なにせ、愛翔を傷つけたからな。だけどなぁ!」


 怒りに満ちた瞳がレネ・リヴァースに向けられる。


「お前のような、部下を人間とも思ってないヤツは、それ以上に反吐へどが出る!」


 魔装短機関銃に最後の弾倉を叩き込み、モーリスはその幹に銃口を向けた。

 したんしたんと触手が地面を叩く。


「あなた、勘違いをしてるわね。あれは部下じゃないわ。私を慕ってきたから、可愛がってあげたけどね。私のために戦うと言ったのだから──」

「知るか!」


 元から話が成立するなどと思っていない。

 容赦なく、全弾をその幹に撃ち込んだモーリスは、再び回転式拳銃を抜く。そして──


「愛翔!」


 大きな亀裂に、二人の弾丸が撃ち込まれた。


魔精回収マギア・コレクト!」


 二つの声に呼応した弾丸は魔法陣を生み出し、レネ・リヴァースごと魔樹を捕らえた。

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