5-14 狂気に散る赤い花

 きらめく魔法陣の中で、魔樹ローパーは赤い花びらを散らし、朽ちていく。

 光が消えた後には、白濁とした蜜にまみれたレネ・リヴァースと、大量の魔晶石が残された。


 レネ・リヴァースの指がぴくりと動いた。しかし、体を起こすだけの余力すらないようで、彼女はやっとの思いで頭を動かした。

 蒼褪あおざめた顔に引きつった笑いが浮かぶ。


「私を殺したところで……私の子達ローパーは……止まらない、わ」

「殺しはしない。お前には洗いざらい話してもらう」

「話したところで……」


 この街は滅ぶのよと、彼女が言い切る前に、モーリスが「良いことを教えてやる」と声を張り上げ、その言葉をさえぎった。

 レネ・リヴァースのうつろな瞳がわずかに動いた。


「アサゴが何故、魔物の巣食う森に囲まれながら平和な日常を送れるのか。多くの候補生を抱える育成機関の要であるのか、考えなかったのか?」


 すすけて泥にまみれる手に枷を嵌めながら、モーリスは淡々と語る。


「お前がアサゴに撃ち込ませた召喚サモンズ弾。その名前の通り魔物を呼ぶものだとしても、この街に落ちることはない」

「……どういう、こ、と?」


 淡々とした声に、理解が出来ないと言わんばかりに目を見開いたレネ・リヴァースは、ぎぎぎっと壊れたカラクリ人形のように首を巡らせる。

 上空で爆撃音が鳴り響いた。

 瞬間、モーリスを見上げていた彼女は、その頭上にキラキラと光輝く魔法陣が浮かび上がるのを目にした。


魔精強化壁パリエースが発動されている。結界をこの街の上空に展開するものだ」


 再び鳴り響いた砲撃音と共に拡がった紋様は、まるでステンドグラスのように美しい極彩色を、暗い空に描いた。

 しばらくして空が静まると、輝きは失われた。

 レネ・リヴァースは肩を震わせて乾いた笑いをこぼす。


「そんな話、慎士は……」

「魔精強化壁の使用権限は限られている。前線にばかり出ていた染野慎士が知らなくても当然だ」

「たとえ魔精強化壁を掻い潜って魔物が入り込んだとしても、あたし達の少将ちゃんが負ける訳ないけどね」


 外套コートを脱いだサリーはそれをレネ・リヴァースにかけた。

 彼女の煤けた頬を涙が伝い、白い跡を残した。

 泥に汚れた唇がきつく噛まれ、しばらくすると放心したようにその瞳の焦点は失われた。

 その表情が、任務を失敗したことへの失望だけには見えず、サリーは首を傾げて「ねぇ」と声をかけた。


「何でこんなことしたの?」


 虚ろな視線を彷徨わせたレネ・リヴァースは、一瞬だけ、サリーを認識したようだったが、返答はない。

 沈黙の中、甘い花の香りが漂っていた。

 会話は成立しないようだとサリーが諦めたその時。じっと思案していたモーリスが口を開いた。


「魔精の強い人間をさらうってのは本質ではなく、他に目的がある。違うか?」


 レネ・リヴァースの眉がかすかにに動いた。


「どういうことよ、モーリス?」

「よく考えてみろ。少将ちゃんは確かに強い魔精を持っている。アサゴ基地の要とも言える。だけど、たった一人の為に数年の歳月を費やすか? 魔精の強い女が欲しいなら、他に都合のいい場所でまとめてさらえばいい。イサゴの悲劇のようにな」


 モーリスの言葉に、サリーは古い記憶を脳裏に甦らせ、嫌悪感をあらわにした。

 憶測にすぎないがと前置き、モーリスはレネ・リヴァースの表情をじっと見据えて話を続ける。


「シーバートの上層部なら、うちの魔精強化壁の存在くらい知っているはずだ。だが、お前は知らなかった。なら、軍ではない何者かの指示で動いていたのか。そう考えてもみたが……上のやつらは、あえて魔精強化壁のことを伝えなかっただろう」

「それって、失敗しろって言ってるようなものじゃない?」

「あぁ、俺もそう思うよ。だが、そうすれば軍との関係はないと言い逃れの道が残される」

「失敗してでもシーバートはアサゴに召喚弾を打ち込みたかった、てこと?」

「俺の勝手な推測だけどな。あながち間違いじゃないと思うぜ。例えば、開発段階のものを試すため」

 

 安易かもしれないが、それが一番と、モーリスは胸の内で呟き、レネ・リヴァースの反応を伺った。

 だが、彼女は特に取り乱す様子もない。ただ、その瞳に浮かんだ色は、絶望と言うよりも諦めのようだった。


「知らないわ」

しらを切るつもり? 基地に戻れば、否応なしに吐かされるわよ」

「素直に白状した方が身のためだぜ」

「そうじゃない。本当に知らないの……私は、ただ守りたかっただけよ。その為ならどんな汚い仕事だってする」

「守りたかった?」

「……女にだって、自分の手で守りたいものがあるの。だけど──」


 ここではないどこか、遠くを見つめる虚ろな瞳が伏せられる。


軍人わたしは駒でしかなかった……それだけよ」


 それ以上話す気はないのだろう。口を閉ざしたレネ・リヴァースは、浅い息を繰り返すだけだった。

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