4-11 イサゴの悲劇

 モーリスは入隊を前にした時、父親からイサゴの悲劇について聞かされていた。

 襲撃を受けたイサゴに、近隣の基地から向かった増援が駆け付けた時には、シーバートの軍は撤退していたのだ。残されたシーバートの負傷兵が襲撃の目的を口にすることもなかったという。基地はほぼ壊滅。残った軍人から聞かされたのは、襲撃の主力部隊に水棲人マンフォークがいたという事実だけだった。

 シーバート本国からの声明もなく、後味悪く、イサゴの悲劇は軍の歴史の中でも闇に葬られた一件となった。


「狙いは、あの時と同じだと思うか?」

「分からないわ。そもそも、イサゴの襲撃だって目的が判然としていないじゃない」

「まぁな……未だ、遺体すら見つかってない軍人も多いからな。お前の叔父さんもそうだろ?」

「……そうね」

 

 目を伏せがちにしてカップに口をつけたサリーは、ゆっくりと苦い珈琲を喉に流し込んだ。

 

「もしも、レネ・リヴァースがシーバートの軍関係者で、イサゴの悲劇を繰り返そうとしているなら、協力者がいる可能性だって否めないな」

「でも、シーバートからアサゴに移転するのって、相当審査が厳しいはずよ」

「あぁ……正規の手続きでシーバートに入るには、軍所属の経歴が邪魔になる」

「偽装したんでしょうけど、そうすると、アサゴの人間が裏で糸を引いたとしか……」


 それが染野慎士なのかもしれない。そう思ったのだろう。サリーは口をつぐんだ。

 染野慎士が退役したのは五年前。レネ・リヴァースがアサゴに入った時期を考えると、繋がりを持ってもおかしくはない。


「俺等とそう歳の変わらない軍人を、シーバートが手放すのも可笑しな話だしな。動けないような怪我で退役してるならまだしも」

「一応、彼らの退役理由は片腕の欠損ね。それぞれ利き手を失ってる」

「はんっ、そんなのシーバートなら何とでもなるだろう? あそこは人口こそ少ないが、特に遺伝子工学が優れている。合成魔獣キマイラを生み出せるんだ。腕の一本や二本、再生するだろ」


 軍人を人とも思わないような国だと、憎々しげにこぼしたモーリスはカップの中身を飲み干した。それにサリーも頷きながらそうねと呟く。


「この顔つき、まだ戦う意思があるようにも見えるわ」

「どう見ても身辺警護ボディーガードって立ち位置だしな。利き手をなくしてやることか?」

「怪我はフェイク?」

「あぁ、手袋はカモフラージュだろうよ」


 ヘイゼルが隠し撮りをしてきた写真を拡大し、二人で覗き込むと、どちらともなくため息をついた。

 男達の精悍せいかんな顔つきは、一般人と言われればそのようにも見えるが、怪我がもとで退役したとは思えない鋭さがる。

 彼らは、血なまぐさい日々を十数年続けたのだろう。戦うことしか知らない元軍人が働き盛りに武器を取り上げられ、果たして挫折感をにじませることなく安穏と暮らすことなど可能だろうか。

 二人の双眸そうぼうは、今でも戦いの中に身を置いていると言われた方が、腑に落ちる冷たさを感じさせた。


「やっぱ、少数精鋭のシーバートが手放すとは思えないな」

「……とりあえず、少将ちゃんに報告しましょ。慎士のことも含めて」


 サリーの小さなため息を聞かなかったことにしたモーリスは、その伏し目がちに珈琲を啜る姿から視線を逸らした。

 わずかな沈黙が居心地を悪くした。


 髪をわさわさとかき乱しながら席を立ったモーリスは、愛用の回転式拳銃リボルバーを手にすると、ベッド横の台の下からぼろ布や工具が無造作に入った箱を取り出した。

 それを見ていたサリーは、すっと目を細めると穏やかな笑みを口元に浮かべた。


「ほんと、好きね。

「お前の次くらいにはな」

「だから、そう言って何人の女を口説いたの?」


 小さく噴き出して笑うサリーは、テーブルの上で分解されていく銃を眺めた。


「そこまでやるなら整備課に任せれば良いのに」

「予備は任せてるよ。けど、こいつだけは自分で磨きたいんだ」


 分解はたまにだしと言って笑ったモーリスの様子を、サリーはどこか懐かしむようにしばらく眺めていた。

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