4-2 白雪、森を駆ける
候補生が森に入ってから数刻が経った。
通信端末の画面を操作して、各班の状況を確認していたモーリスは、小さくふむと声を零した。
「どうだ、今年のひよっ子は。ドロップアウトしそうなのはいるか?」
「楽しそうだな、ジン」
「この程度の演習で
「遅咲きのヤツもいるかもしれないだろう?」
「咲けば良いが、その前に食い殺されるのが関の山だ。そもそも、前線に立つだけが戦い方じゃない」
「──まぁ、そうだな。命は平等に一度きりだ」
肩をすかして口元を緩めたモーリスに、そうだろうと頷きながら豪快に笑うジンは通信端末の画面で赤く点灯した印を指差した。
「早速だな。二班と五班か……おい、五班やばくないか?」
「あぁ。座標を送る。二班の回収後、合流してくれ」
「あいよ!」
横に控えていた黒い
獣の咆哮が空気を震わせ、黒い
控えている医務官に二つの班を回収する旨を伝え、モーリスも一体の大型装甲獣に飛び乗る。
真っ白な毛並みを震わせたそれは、空を見上げた。
「
その声に呼応するように、白雪と呼ばれた純白の大型装甲獣は地面を蹴った。
目指すはほぼ中央──近づいてはならないと忠告した森の奥だ。
大きな肢体で森を
赤い口が開き、その牙が向けられたのも束の間だった。その首は白雪の口の中へと消えた。
倒れる肢体を飛び越え、吹き出る血に白雪の毛並みが赤く染まる。そのようなことは細事だと言わんばかりに、モーリスは真っ直ぐ前を見ていた。
一瞬、視界で影が動いた。
ホルスターに納まる
薄暗い森の中、輝く魔法陣が回転する。
「
声を上げれば、木々の割れる音と断末魔が合わさり、魔法陣の中に
その影は光の中で砕け散り、赤い魔精石が浮かび上がった。
回転した魔法陣が小さくなると無数の魔精石は一つの塊となり、モーリスの手元に引き寄せられた。それを確認すると、白雪は再び走り出す。
それを数回繰り返したモーリスは小さく舌打ちをした。
「くそっ、魔樹を避けて進んだか。数が多いな……白雪、急ぐぞ!」
一層大きな
それらには目もくれず、白雪はさらに奥へと進む。
いくばくかして、小さな赤い花を咲かせる低木がちらちらと目につき始めた。直後、銃声が耳に届いてきた。その方向へ進み、木々の隙間を抜けると、少し開けた場所に出た。
直後だ。むわっとした甘い香りが肺に入り込んできた。甘い蜜と血が入り混じったような特有の香りだ。
舌打ちをしたモーリスは、視界の中に銃を構える候補生を確認する。一名、負傷しているのか仲間に肩を借りながら項垂れている。
二人は、真っ赤な花を咲かせる巨大な魔樹に向かって
「お前ら、下がれーっ! 白雪、負傷者の回収だっ!」
指示が出ると同時に、白雪は魔樹と候補生の間に走り込む。モーリスがその背から飛び降りると、大きな口で項垂れる候補生を
それと同時に、モーリスの魔装短機関銃が
「バカ野郎ども、下がれ! お前らには無理だ!」
「ですが、教官、魔樹に回収した魔精石を奪われました!」
「そんなもんより、命が大事だろう。つべこべ言うな!」
銃声が響く中、空の
うねる魔樹の触手が地面を叩き、
舌打ちをしたモーリスは後退しながら巨大な魔樹を見上げた。それは古びた切り株のような姿ではなく、わさりと生い茂った枝に赤い花をつける低木の姿をしている。
「こんなデカい花付きが出る時期じゃないだろうが!」
トリガーを引きながら、モーリスは声を荒げた。
魔樹が花をつけるとされるのは夏だ。その時期は特に強い催淫効果を持つ香りを発し、食欲旺盛に魔精を求める。学者の中には、繁殖行動だという者がいるほど、執拗に獲物を追い回すようになるのだ。しかし、秋が深まるとその花の数は明らかに減り、越冬の準備に入ると考えられている。
彼らが今目の前にしているような花が咲き誇る魔樹を、この時期に観測するのは異常とも言えた。
(こいつは一発で撃ち抜けるもんじゃないな!)
幾本か切れた触手が地面に転がっているた。抵抗を続けた候補生がいくらか撃ち抜いたのだろう。それからも、強い香りが放たれていた。
空になった弾倉を抜き取り、手早く入れ替えながらモーリスは辺りを
「白雪、候補生を退避させろ!」
指示を飛ばしたモーリスは、白雪がそれに従って候補生たちを背中に放り上げる姿を目視すると、再び魔樹に視線を戻した。
魔樹の歩みは赤子のようなものだ。うねる触手が鞭のように振られた時、先端の動きは音速となるが、根元に近づけば、その速度は腕を振るのと大差がない。
(ただ、こうもデカいと皮が厚い!)
三カ所に狙いを定めたモーリスはトリガーを引いた。
小気味よく銃声が空気を震わせ──
「爆ぜろっ!」
モーリスの声が引き金となり、弾薬は赤い魔法陣となった。
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