第四章

4-1 赤い花には気をつけろ

 アサゴ基地内で『赤の森』と呼ばれている森がある。四足歩行の大型装甲獣アルマ・ビーストで行軍すれば一日程、装甲飛竜アルマ・ドラゴンであれば数時間でアサゴからの移動が完了する場所だ。

 不思議なことに、この森で獰猛どうもうな魔物の生息はほぼ確認されない。出くわしたとしても、そのほとんどが手傷を負って衰弱しているか、老齢の獣ばかりだ。そのことから、との異名を持つ。エネルギー源である魔精石の回収にうってつけの場所でもあり、アサゴ基地の候補生たちの実地訓練場の一つでもある。


 モーリスは今期入った候補生の内十五名、ジンと医務官を伴って『赤の森』を訪れていた。

 到着したその日は野営訓練を行い、翌早朝、候補生に森へ入る際の注意点が伝えられた。


「今日から、三名編成スリーマンセルによる魔精回収スコアを競ってもらう」


 事前に予定は伝えてあり、すでに班構成も済んでいる。それでも、森を前にした候補生達には緊張の色が浮かんだ。

 一同を見渡し、モーリスは言葉を続けた。


「事前に教えたが、この森の中央にある常緑樹は一定周期で赤い花を咲かせる。その花の香りには強い催淫さいいん作用があるので近づかないこと」

「教官、もしも気付かずに近づいてしまった場合はどうしたら良いのでしょうか?」

「どうもこうもない! すぐ後退だ。その木には手を出すなと、座学で習わんかったか!」


 ジンの張り上げた声に、挙手をして質問をした候補生は慌てて背筋を伸ばした。


「大木の影響を受けた低木も赤い花を咲かせる。低木に赤い花を見かけたら中央に近いと思え」

 

 やれやれとばかりに、モーリスはジンの言葉を捕捉するように座学でも指摘をしていた注意点を繰り返した。

 森を見上げた候補生たちはごくりと喉を鳴らした。

 鬱葱うっそうとした森は、魔狗ハウンド蔓延はびこるアサゴ近くの森とは何かが違うと直感したのだろう。


 前線で戦う魔装具使いであれば、一度はこの森の重苦しい空気を吸っている。彼らはその漂う空気を、必ずと言って良いほどと表現する。それは決して不快な匂いではないが、長いこと吸ってはいられない媚薬びやくのようなものだと言う者もいる。


「ここの魔物の多くは手負いの獣たちだが、中には強敵もいる。各班しっかり作戦を練るように。それと、手負いの獣よりも厄介なのは魔樹ローパーだ。奴らは殺傷能力こそ乏しいが、捉えた獲物の魔精を吸収する。注意するように」


 事前学習で学んでいた魔樹を思い出したのだろう。候補生たちは僅かに顔を引きつらせた。

 まるで古木の切り株のようにひっそりと森に生きる魔樹は、その動く根から生やす触手で生物を捕らえて魔精を吸収する。魔精を吸いつくされても命が尽きることはないが、意識混濁こんだくを起こして数時間は動けなくなる。

 候補生たちを見回したジンはにやりと笑った。

 

「吸いつくされて投げ出されたら、魔物の餌食えじきになることを覚悟しろ。特に、赤い花を咲かせたものには催淫効果がある。エロい夢を見ながら魔物に食われたくなければ、回避するんだな!」


 何より恐ろしいのは、意識混濁を起こして動けなくなったところを、他の魔物に襲われることだ。

 しんと静まり返る候補生たちを見て、ジンは大口を開けて笑い声を上げた。


「ひよっ子ども、そう固くなるな! 俺とモーリスが巡回する。まぁ、魔樹に絡まれた情けない姿を見られたくなければ、注意することだな!」

「魔樹の根は長いもので十メーター程だ。射程範囲を見誤らなければ問題ない。繰り返すが、大木に近づくことも、傷をつけることもあってはならない。赤い花には気をつけろ」


 分かったかと問えば、姿勢を正した候補生たちは了解しましたと声をそろえた。

 一通りの注意点を話し終え、最後、発信機ビーコンを常に入れておくよう指示を出すと、モーリスは定刻通りに訓練を開始することを告げた。

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