3-11 そこに恋愛感情はない
サリーの苦しげな様子を見ながら、モーリスは話を進めることを選んだ。真実は染野慎士に語らせなければ分からないが、今出来ることは考えられるケース、それも最悪と思えるものを検討することだ。仕組まれた恋愛劇であるなら、何かしら裏の背景が潜んでいても可笑しくない。
「俺の推測通り、暴漢が仕組まれたことだとしよう。仮に、染野慎士が思いを寄せて彼女と結婚したいと考えているなら、そんなことをする必要があるのか?」
「だから、清良ちゃんは幼馴染のケイが好きだから、強硬手段を……」
サリーも言いながら違和感に気づいたのだろう。眉間にしわをさらに濃くして首を
深く息を吐き、モーリスは彼を真っ直ぐ見る。
「本気で好きなら、急ぐ必要があるか? それに……俺だったら、好きな奴を泣かせるようなことはしない」
それならば、彼の行動は恋愛によるものではないと考える方が自然だ。
「染野慎士がケイを知っているなら、強硬手段にでた可能性も捨てきれない。だけど、彼女の口ぶりはそうじゃなかっただろう?」
「……確かに、
「少なくとも、彼女は染野慎士がケイのことを知らないと思ってる」
「慎士はすでにケイを知っていて、清良ちゃんが打ち明けるのを待ってる、とか?」
「あいつはそんな紳士か? だとしても、どうやってケイのことを知った? 接点なんてないだろう。ケイは春にアサゴに入った。染野慎士は基地を出入りしていない」
「それは……」
「恋愛感情を省いた方が、しっくりする」
目的のために織戸清良と婚約する必要があった。その為には、まず信じ込ませる必要がある。そこで、染野慎士は劇的な出会いを演出する必要があった。それには、短時間で依存させるための原因となる、もめも事を生み出すのが手っ取り早い。その場合、清良に思い人がいるかどうかなど、関係ないのだ。
「
「……偶然、暴漢に襲われそうになったのを利用したかもしれないじゃない」
「偶然ねぇ……俺はあの男を微塵も信用していないから言うが、暴漢は染野慎士に雇われたとしか思えない」
「そんなバレたら自分の首を絞めるようなこと、普通はしないでしょ!」
「普通? お前にとっての、普通は何だ? 少なくとも、婚約者がいるのに、他の女とキスでもしそうな距離で密会をするようなことは、俺の普通基準ならしないな」
その問いに、ぐっと唇を噛んだサリーはカップの底に残る珈琲を睨みつけた。
しばらく、気まずい沈黙が訪れた後、珈琲を飲み干したモーリスは空になったカップを持つと立ち上がり、それをミニキッチンのシンクに下ろした。
静かな部屋に、ごとりと重い音が響いた。
シンクに寄りかかったモーリスは髪をかき乱すと、天井の明かりをしばし見上げた。ややあって視線を下ろし、俯いているサリーの背後に静かに近づく。
「あの男は、織戸清良とお前を利用しようとした。そう考えた方が自然だ」
「……あたしも?」
「あぁ、お前だけじゃない。火遊び相手は全員利用されている」
固まっている肩にモーリスがそっと手を載せると、サリーはぴくりと反応した。
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