1-9 悩める候補生ケイ・シャーリー

 研修生たちが自主トレーニングを行う夕刻のことだ。

 射撃場を訪れたモーリスは、敬礼する研修生たちに軽く答礼を返すと訓練を続けるように言い、端にある簡素なベンチに腰を下ろした。数名の研修生の中にはケイ・シャーリーの姿もあった。

 ケイは浮かない顔で練習用の自動拳銃を構えている。その引き金を引く瞬間、銃の先端がわずかにぶれた。二発、三発と撃つも弾道は安定しない。まるで銃の扱いを覚えたばかりの兵卒のようだった。


(何か迷いがあるのは一目瞭然だな)


 口元を覆ったモーリスが小さく息を吐くと、候補生が二人近づいてきた。

 一人は黒髪ショートヘアで快活そうな印象を与え、もう一人は鳶色の髪を三つ編みにした大人しい印象のある女性候補生だ。

 二人をちらりと見たモーリスは人当たりの良い笑みを口元に浮かべた。


「何だい? 君達は、確か佐里少尉が担当してる一ノ瀬と井塚、だったね?」


 そう尋ねると、二人の日に焼けた健康そうな頬に赤みがさした。


「教官、お時間がありましたら、ご指導ください!」

「すまない。今日はちょっと予定があるんだ」

「……そう、ですか」

「指導を願うなら、君達の教官を頼ると良い。あいつは教官連中で一二を争う腕だ」

「で、ですが、ロニー教官は若くして最前線で任務に当たってきたとお聞きしています!」

「うん。あいつもだよ」


 目の前から去ろうとしない若い二人に微笑みながら、モーリスはケイに意識を向けていた。彼が撃ち終えるタイミングを見計らい、声をかけるつもりでここを訪れたのだ。


(射撃訓練は、今更教官に教わることもないだろうに)


 やれやれとため息をこぼしそうになりながら、モーリスは立ち上がる。


「君達が、俺に教わりたいのはそんなことじゃないんだろ?」

「……え?」

「夜の誘いは、こんな場所でするもんじゃないぞ。それに悪いが、候補生に手を出すほど不自由もしていなくてね」

「ちっ、違います!」

「そう? それなら……勘違いをされるような言動は控えた方が良い。本気にしてしまう男もいるからね」


 羞恥しゅうちに耳まで赤くしている二人の横をすり抜け、帰り支度を始めたケイに近づくと──


「ケイ、時間あるか?」


 モーリスはその背中に声をかけた。

 びくりと肩を震わせたケイは、声をかけられることを予測していたのだろう。何かと問うこともせずに誘いを受けた。

 こそこそと後ろで何かを言い合う研修生に視線を向けたモーリスは、銃の手入れはしっかりしておけと言い残すと、ケイを連れて射撃場を後にした。


 それから辿り着いた先は屋上だった。

 ひやりとした秋風が抜け、転落防止の柵に寄り掛かったモーリスはケイを振り返る。


(何を思いつめているんだか……)


 途中の売店で買ったミネラルウォーターのボトルを一本、ケイに投げたモーリスは、もう一本の蓋を開けてそれを喉に流しながら、彼の表情を窺った。


「水で悪いな」

「いいえ。ありがたく頂きます」


 浮かぬ顔のまま、ケイはボトルの蓋を捻った。

 その様子を見ながら、モーリスはさてどう切り出したものかと考えていた。そもそも、彼が悩んでいる理由が自分の怪我なのか確証が持てないというのに、先の訓練の失敗を追求するのは逆効果ではないだろうか、と。

 ボトルから口を離して、ふうっとため息をついたケイは顔を上げようとはしない。誰が見ても、悩んでいるに変わりはなさそうだと分かる表情だ。

 モーリスの脳裏に、迷いのあるケイの射撃の様子が浮かんだ。


「射撃のスコアどうしたんだ? 以前のお前とは別人のようだぞ」

「……自分も、そう思います」


 上げられた顔は酷く打ちひしがれていた。

 ケイの落胆ぶりに驚きながら、モーリスは彼と初めて対面した時の自信に満ち溢れた顔を思い浮かべて比べた。その落ち込んで張りを失った声も相まって、別人のようだ。


「さっきの射撃、何を考えていた?」

「それは……」


 暗く沈んだ瞳が忙しなく動く。明らかな動揺がケイの言葉をにごし、黙らせた。

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