4-4 強烈だった悪夢を懐かしむ野郎二人

 視線先には、人を飲み込んだ魔樹ローパーの触手があった。飲み込み切れなかったのか、触手の外に足が出ている。時折ぴくぴくと動いているのを見ると、辛うじて意識がありそうだ。

 魔樹の動きが緩慢かんまんなのを見ると、どうやら食事中で警戒心が薄れている、あるいは満腹といったところだろう。


(飲み込まれたのは、二人か。もう一人は──)


 周囲を素早く確認し、太い古木の陰に人影を確認する。どうすることも出来ずに硬直しているようだ。

 花付きの魔樹がやけに多いことに違和感を抱きながら、モーリスが魔装短機関銃マギア・サブマシンガンの弾倉を確認していると、ジンが走り込んできた。候補生も一人連れている。


「ジン、あそこに亀裂があるだろう? そこに撃ち込む。そしたら、白雪スノウ黒夜アーテルに触手を引きちぎらせてくれ」

「分かった。おい、ひよっ子、お前はモーリスの援護だ」

「魔樹の根元を狙って、触手の動きを鈍らせろ。それで十分だ」

「了解しました!」

「行くぞ!」


 顔を見合わせたモーリスとジンは頷き合うと、同時に走り出した。

 浴びせた弾幕に驚いたのか、じっとしていた魔樹は数本の触手をうねらせて地面を叩いた。

 魔樹の触手が届く境界線を見極めつつ、走り込んだモーリスは、魔装短機関銃を構える。


「──爆ぜろっ!」


 立て続けに亀裂目がけて弾薬を撃ち込むと、重なった魔法陣から赤い炎が吹き上がった。すかさず、回転式拳銃リボルバーの銃口を向ける。

 銃声が突き抜け──


魔精回収マギア・コレクト!」


 白雪と黒夜が走り込み、候補生を飲み込んだ触手の先端を噛み切ると、そのすぐ横で火だるまとなった魔樹は赤い結晶を残して燃え尽きた。



   ***


 とばりの降りた野営地。

 テントの前でランタンの明かりを灯し、モーリスは情報端末の画面を見ていた。眉間のしわを揉み解していた手を安物のビール瓶に伸ばし、それを一口飲んで深い息を吐く。

 ため息をこぼして項垂うなだれる様子を見たジンは豪快に笑いながら、丸まった背中をバシバシと叩いた。


「今期のひよっ子ども、案外、血の気が多いな!」

「……笑ってる場合かよ」

「まぁ、負傷もなく安定的な結果を残したのがたった二班ふたはんってのは、ちぃと少ないな。けど、果敢かかんに魔樹に向かって点を取りに行く度胸は認めようぜ」

「花付きじゃない魔樹ローパーにしてもらいたいよ」


 情報端末の画面に示される今日の魔精石の回収率を見たモーリスは、トップの班を見てふむと頷いた。そこに、ケイ・シャーリーの名前もある。どうやら、射撃は好調なようだ。


「まぁ、今頃悪夢を見てるだろが、明日になりゃ元通りだ」

「だといいな。あれは強烈だ」

「お? 何、お前も飲まれたことあんのか?」

「も、てことはジンもあるのか?」


 情報端末をホルダーに戻したモーリスは、愛用の回転式拳銃リボルバーをぼろ布で磨き始めた。その横で、ビールを飲み干したジンは顔を歪めて笑った。


「あれは凄まじかったな。しばらく女はいいやと思えるくらいには強烈だった」

「どんな夢見たんだよ」

「延々とにぶち込む夢だったぜ。これが酒池肉林かって感じな。お前、違うの?」

「どうだろうな。飲まれたのは俺じゃないし」


 俺は助けた側だとさらりと言えば、ジンは顔を引きつらせた。それににやりと笑いながら、モーリスは細かな傷のある銃身バレルを丁寧に磨いた。


「くっそ、だまされた気分だ」

「一緒にいたわけだから、あの匂いにはてられたけどな」

「あぁ、あれな。すっかり慣れちまったけど、最初は強烈だったなぁ」


 二本目の瓶ビールの栓を抜いたジンは、静まりかえる候補生たちの休むテントを眺めた。


「今は解毒剤も良いのがあるから、静かなもんだな」

「俺たちの頃は、身をもって危険を覚えろって言う教官もいたよな。解毒剤なしの夜は、なかなかしんどかったろ?」

「まぁ、一晩抜きまくれば良いだけなんだけどな。野郎ばかりの中で抜くってのが……精神的には鍛えられたか」

「鍛え方に問題があるだろう。体力的に翌日に引きずるし、あれは最悪だ」


 ぼろ布で空の回転弾倉シリンダーを擦るモーリスが淡々と言うと、ジンは二本目の瓶を空にして星空を見上げた。ややあって首を傾げる。


「……お前、やっぱ、食われてんじゃねぇの?」

「俺は一晩付き合った方だ」

「あー、なるほど。んー、若い頃のお前美人だったからな。それはありだな」

「人を女の代わりみたいに言うな」

「今のお前は無理だわー」

「俺も、死んでもお前はないな」


 鼻で笑ったモーリスは、磨いていた回転式拳銃をランタンの灯にかざす。


「お前、ほんと銃が好きだよな。何が楽しいんだ?」

「寝る前に恋人を撫でるのは普通のことだろ?」

「恋人ねぇ……俺は銃より、女を撫でたいね」


 呆れたように笑ったジンだったが、それを気にも留めずにモーリスは黙々と手を動かした。

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