3-9 ただの浮気より背景が複雑なようだ

「ひとまず、こいつらの素性を調べよう。何かしら出るだろう」

「女を叩いてもほこりは出ないんじゃない? でなければ、いくら個室とはいえ、あんな目立つ店で会ったりしないわよ」

「かもな。それでも、こいつらは匂うだろ? まずは男二人だ」


 画面の中、二人がくつろぐ長椅子の後ろに立つ男の顔を拡大したモーリスは眉間にしわを寄せた。


「なぁ、こいつら、シーバートの人間じゃないか?」

「シーバート?」


 周辺諸国の地図を脳裏に描いたサリーは、アサゴよりもさらに東にあるミツネ港を思い出した。その先、海峡を越えるとマーマフォレスト半島がある。そこにある小国がシーバートだ。


「よく見ろ。こいつらの両目」


 拡大された男の達の目は、左右で色が異なっていた。所謂いわゆる虹彩異色症ヘテロクロミアだ。世界各国にこの虹彩異色症の人間がいると言われている。特にシーバートでの出生率は、他国と比べても高いことで有名だ。

 モーリスの指が示す男達の目は、はっきりそうだと分かるほど、異なる色をしていた。

 それを睨むように見ていたサリーは小さくうなった。


「ミナバ商会がシーバートと繋がってるってこと?」

「もしそうなら厄介だ」

「……一度、少将ちゃんに報告した方が良いわね」


 ため息をつきながら立ち上がったサリーは、勝手知ったる部屋のミニキッチンに立つとインスタント珈琲の瓶を手にした。その後ろ姿をしばし眺めていたモーリスは、手元の端末に視線を落とす。

 映像を少し巻き戻すと、染野慎士が女と仲睦なかむつまじくケーキを食べさせ合う様子が映し出された。


(これを婚約者が見たらどう思うかだ。商談だと納得するものなのか?)


 サリーや自分だったら納得しないだろう。そんなことを考えながら、モーリスは清良を思い浮かべた。

 彼女は染野慎士を美化している節がある。この映像を見せたとしても、物分かりよく受け入れてしまうかもしれない。お仕事のことはよく分からないからと、切なく笑う姿が容易に想像できた。


「なぁ、あのお嬢さんとの話で、何か情報はあったのか?」


 映像を見直しながら尋ねたが、しばらく待っても返事がないことに首を傾げたモーリスは顔を上げた。

 カップにお湯を注ぎ終えたサリーは、怒りの形相でカップをにらんでいた。

 明らかな怒りの色に何かあったのだと察し、彼が口を開くのを待つことにしたモーリスは、ちらりとヘイゼルに視線を向けた。


(お前は気楽だな、おい)


 一心不乱に胡桃くるみの殻を齧って剥いている姿を見ていると、ダンッと重い音を響かせてカップが二つテーブルに置かれた。

 驚いたヘイゼルは、尻尾を振り回して何事かと訴える様にクキャッと鳴き声を上げた。しかし、サリーが冷ややかな視線を向けると、さっさとモーリスの方に向き直り、何事もなかったように再び胡桃に齧りついた。

 静まった部屋に、カリカリと乾いた音が響いた。


(出来ることなら俺も目をそらしたい)


 そうもいかず、モーリスはカップを一つ手に取ると口をつけた。サリーも同じようにカップの珈琲を一口すする。

 苦みの強い珈琲が喉を抜け、二人はほぼ同時に息を吐いてお互いを見合った。


「清良ちゃんが慎士と出会ったのは、春先のことらしいの」


 サリーの白い指先に、モーリスはついと視線を移す。

 淡々と話そうとする声音とは裏腹に、その指はカップをきつく握りしめていた。

 指が持ち手に擦れ、きゅっと音を立てる。指先に力が入っていることは一目瞭然だ。これが薄いグラスであったらば、ひびが入ったかもしれない。

 しばらく黙って耳を傾けていたモーリスは語られた話を要約すると、頭を抱えたくなった。


「春先に織戸清良は暴漢に襲われそうになった。それを救ったのが染野慎士、か」


 脳裏によぎった染野慎士の顔は温厚な父親に似たためか、一見、害のなさそうに映るだろう。彼の悪い噂を知らなければ、ころッとだまされてもおかしな話ではない。暴漢に襲われているという場に現れれば、救世主のフィルター付きだったのだ。

 織戸清良の姿を思い出したモーリスは肩をすくめ、なるほどなと小さく呟いた。


「清良ちゃんは、慎士を白馬の王子様かなんかだと本気で思ってる」

「まぁ、彼女は純朴じゅんぼくそうだからな」

「そこに付け入ったのよ、あの下衆ゲス!」

「おい、落ち着け」


 憤慨ふんがいするサリーにため息をつきながら、モーリスは髪をかき乱して天井に視線を投げ、思案した。

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