3-8 褒美の胡桃と密会映像
***
宿舎に戻ったモーリスはケーブルを取り出すと、リスのヘイゼルがつける首輪と自身の持つ情報端末とを繋いだ。
ヘイゼルがカリカリと音を立てて
清掃の行き届いた廊下には、等間隔に花を活けた花瓶が飾られている。その一つの物陰に、ヘイゼルは身を潜めているようだ。
しばらく画面は同じままだったが、ガラガラと車輪の音が近づいてきた。店員が押すワゴンだ。
豪勢なティースタンドや
へイゼルが動いた。
店員に隠れて部屋に入り込んだのだろう。次ぎに視界が安定すると、観葉植物の鉢と思われる壁が映り込んだ。
「これを撮りたくて、ヘイゼルに行かせたのね」
「遠目からじゃぁ、染野慎士が誰と会っているか分からなかったからな」
「女が一人と男が二人」
「部屋から出てくるとこを撮れればと思っていたが……まさか、部屋にまで入るとは」
胡桃を齧っていたヘイゼルは顔を上げると、すぴすぴと鼻を鳴らす。まるでもっと褒めたたえよと言っているようだ。
「……商談かしら?」
「随分、距離が近いけどな」
「浮気に男を連れて行くとか聞いたことないわ」
「そういうプレイが好きなのかも?」
「いかにもボディーガードって顔してるわよ」
「世の中、変わった性癖の人間もいるからな」
「ちょっと、真面目に考えなさいよ」
いくら可能性が残るとは言っても、それは無理があるだろう。さすがのモーリスも言いながら失笑して肩を揺らし、呆れた顔をしたサリーは画面に視線を戻した。
男達は両手を背に回し、直立不動だ。
「この二人……同業者の匂いがする」
「そうだな」
「女の方は、あたし達より少し年上かしら? 身なりも良いから、それなりに稼ぎも良さそう」
「スーツ姿だし、商談に来たと言えばそう見えなくもないな」
女は染野慎士の横で談笑している。彼の膝に手を載せ、顔を近づけて何かを言っているが、音は拾えていなかった。さすがのヘイゼルも、声が拾えるほど接近は出来なかったのだろう。
「話がまとまったから、紅茶とケーキを運ばせたのかもしれないわね」
「女の機嫌がずいぶん良いから、そうかもな」
「あ、ね、ちょっと止めて」
映像を止めると、サリーは少し巻き戻すように言う。
「そこ! ね、ちょっと、ここ拡大して」
「この女に見覚えあるのか?」
「そうじゃないわよ、その指よ、指!」
女が横毛を耳にかけようと手を上げたところで止められた映像を、言われるがまま拡大する。
女の指には似つかわしくない大きめの指輪が
「
「正三角形……ミナバ商会のシンボルか?」
「そうだと思うの」
「ミナバか……」
「あそこは、裏で何やってるか分かりゃしないわ」
目を凝らして画面を睨むサリーは唇に指を当て、不満そうに眉をしかめると深く息を吐いた。
デートと言われればそう見えるし、商談と言われても頷かざるを得ない。どっちつかずの映像だ。
これが二人っきりであれば、あるいは服の一枚や二枚を脱ぎでもすれば浮気現場の証拠となり、染野少佐に訴える材料の一つになっただろう。しかし、そういった雰囲気にはなりそうにもなかった。
「浮気現場としては弱いが」
「裏取引の証拠にもならないわよ」
「あぁ、どのみち問い詰めたとしても、商談だと言い逃れるくらいの準備はしているだろうよ」
「そうね……」
画面の中で、女は胸の膨らみを染野慎士に押し付けていた。いい加減、それを眺めていることにげんなりとしたモーリスは、ちらりとサリーの様子を
形の良い眉が歪み、その唇がきゅっときつく結ばれた。
「商談って言うには、距離がアレだけどな。何か明らかな証拠を見つけるしか……」
そう言いながらも、また証拠かと思いつつモーリスはため息をついた。
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