3-8 褒美の胡桃と密会映像

   ***


 宿舎に戻ったモーリスはケーブルを取り出すと、リスのヘイゼルがつける首輪と自身の持つ情報端末とを繋いだ。


 ヘイゼルがカリカリと音を立てて胡桃くるみかじる横で、サリーは顔を寄せて小さな画面を覗き込む。そこに映し出されたのは、数時間前までいたティールームの店内だ。

 清掃の行き届いた廊下には、等間隔に花を活けた花瓶が飾られている。その一つの物陰に、ヘイゼルは身を潜めているようだ。


 しばらく画面は同じままだったが、ガラガラと車輪の音が近づいてきた。店員が押すワゴンだ。

 豪勢なティースタンドや白磁はくじのカップ等を載せるワゴンを押す店員が扉の前で立ち止まり、呼び鈴に指を伸ばしたその時だ。

 へイゼルが動いた。

 店員に隠れて部屋に入り込んだのだろう。次ぎに視界が安定すると、観葉植物の鉢と思われる壁が映り込んだ。


「これを撮りたくて、ヘイゼルに行かせたのね」

「遠目からじゃぁ、染野慎士が誰と会っているか分からなかったからな」

「女が一人と男が二人」

「部屋から出てくるとこを撮れればと思っていたが……まさか、部屋にまで入るとは」


 胡桃を齧っていたヘイゼルは顔を上げると、すぴすぴと鼻を鳴らす。まるでもっと褒めたたえよと言っているようだ。


「……商談かしら?」

「随分、距離が近いけどな」

「浮気に男を連れて行くとか聞いたことないわ」

「そういうプレイが好きなのかも?」

「いかにもボディーガードって顔してるわよ」

「世の中、変わった性癖の人間もいるからな」

「ちょっと、真面目に考えなさいよ」


 いくら可能性が残るとは言っても、それは無理があるだろう。さすがのモーリスも言いながら失笑して肩を揺らし、呆れた顔をしたサリーは画面に視線を戻した。

 男達は両手を背に回し、直立不動だ。その身嗜みだしなみこそスーツ姿だが、革の手袋で覆われた両手は異質さを漂わせている。


「この二人……同業者の匂いがする」

「そうだな」

「女の方は、あたし達より少し年上かしら? 身なりも良いから、それなりに稼ぎも良さそう」

「スーツ姿だし、商談に来たと言えばそう見えなくもないな」


 女は染野慎士の横で談笑している。彼の膝に手を載せ、顔を近づけて何かを言っているが、音は拾えていなかった。さすがのヘイゼルも、声が拾えるほど接近は出来なかったのだろう。


「話がまとまったから、紅茶とケーキを運ばせたのかもしれないわね」

「女の機嫌がずいぶん良いから、そうかもな」

「あ、ね、ちょっと止めて」


 映像を止めると、サリーは少し巻き戻すように言う。


「そこ! ね、ちょっと、ここ拡大して」

「この女に見覚えあるのか?」

「そうじゃないわよ、その指よ、指!」


 女が横毛を耳にかけようと手を上げたところで止められた映像を、言われるがまま拡大する。

 女の指には似つかわしくない大きめの指輪がめられていた。拡大をすると幾分かぼやけたが、そこに特徴的なシンボルが刻まれていると分かった。


三重さんじゅうの正三角形に見えるわ」

「正三角形……ミナバ商会のシンボルか?」

「そうだと思うの」

「ミナバか……」

「あそこは、裏で何やってるか分かりゃしないわ」


 目を凝らして画面を睨むサリーは唇に指を当て、不満そうに眉をしかめると深く息を吐いた。

 デートと言われればそう見えるし、商談と言われても頷かざるを得ない。どっちつかずの映像だ。

 これが二人っきりであれば、あるいは服の一枚や二枚を脱ぎでもすれば浮気現場の証拠となり、染野少佐に訴える材料の一つになっただろう。しかし、そういった雰囲気にはなりそうにもなかった。


「浮気現場としては弱いが」

「裏取引の証拠にもならないわよ」

「あぁ、どのみち問い詰めたとしても、商談だと言い逃れるくらいの準備はしているだろうよ」

「そうね……」


 画面の中で、女は胸の膨らみを染野慎士に押し付けていた。いい加減、それを眺めていることにげんなりとしたモーリスは、ちらりとサリーの様子をうかがう。

 形の良い眉が歪み、その唇がきゅっときつく結ばれた。


「商談って言うには、距離がアレだけどな。何か明らかな証拠を見つけるしか……」


 そう言いながらも、また証拠かと思いつつモーリスはため息をついた。

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