喋る玩具

むーこ

喋る玩具

『驕れる者は久しからず』


どんな栄華にも終わりは訪れるものだ。どんなに技術が発達した文明でも例外無く。


20XX年頃、地球上の全ての国で文明が崩壊し『秩序』だの『法律』だのいう言葉が消えた。あるのは武力と悪知恵が幅を利かせる原始的な社会のみ。

そんな世界の片隅に生きるのはジュンという美青年。彼は『第五師団』という軍隊由来の盗賊集団に身を置き、仲間と一緒に略奪と暴力に明け暮れている。その心は荒みきっており、罪悪感を欠片ほども感じないどころか楽しんですらいる。ジュンにとって仲間以外の人間は壊れやすい玩具のようなものだ。




ある日、ジュンは食料を求めて乗り込んだショッピングモールの跡地で新しい玩具を見つけた。

クリーニング屋だった店のカウンターに潜んでいた玩具はジュンよりも歳若くガタイの良い青年だが、酷く怯えているようでジュンに「助けて」と擦り寄ってきた。


「わあ可愛い。犬か猫みたい」


ジュンは怯える青年を連れて帰り、新しい玩具として扱い出した。

暴れないように手錠をつけて、自分のそばから離れないように強く命じた。離れると侵入者扱いされて撃たれるぞ、ここは軍人あがりだらけだから皆強いぞと脅した上で。

青年は怯えたまま言う通りにした。




ジュンは青年に『クマ』と名前をつけ、常に2人で行動した。飯は2:1で分け合い、貴重なシャワーも2人で一緒に浴び、クマに武装させて遠征に連れて行った。クマは銃を撃てなかったが、身体が大きいので佇むだけで迫力があった。

時々仲間からクマを貸せと頼まれたが、壊されたらたまらないので断った。




閉鎖的な環境に置かれる窮屈さがそうさせるのか、ジュンはよくクマの腕を抓ったり、局部を踏んづけたりしてクマの反応を楽しんだ。

とりわけ面白かったのはクマの身体中をくすぐった時で、涙を流して身をよじるクマの姿がジュンには滑稽に思えた。




ある寒い日、火を焚く為の薪を探していたジュンはクマが何やら懐に隠したのに気づき取り上げた。

クマが隠したのは雑誌の断片。そこには美しく着飾った、今より10歳近く若いジュンの姿が写っていた。国の義務で兵役に行かされたまま世界の崩壊に巻き込まれ盗賊へと成り果てる前の、多くの人から愛されていたタレント時代のジュンの姿が。

クマはジュンが写真を薪にしてしまわぬよう懐に隠したらしい。それがどういう意図なのか、タレントとしてのジュンを知ってのことかは定かでないが、ジュンの目にはクマが意思を持った人間として映り始め、ジュンはクマの手にかけられていた手錠を外した。




ある日の遠征中、探索に入り込んだ小さな廃墟の中でジュンは危機に瀕した。物陰に潜んでいた先客から不意打ちをかまされ、地面に倒されてしまったのだ。


「女かと思った…」


うつ伏せに押しつけられ身動きの取れぬ中、ジュンは背後に相手の声とジッパーを下ろす音を聞きながらクマのことを考えた。

クマは俺を見捨てて逃げるかな。玩具扱いだったしな。ああ、クマの手錠を外しといて本当に良かった。募る寂しさを笑って誤魔化しながら屈辱を受け入れようとすると、背後でくぐもった声が聞こえ身体が軽くなった。翻ってみればそこには、先客の男に何度もナイフを振り下ろすクマの鬼の如く歪んだ顔。

そうして男が息絶えるまでナイフを振り続け、返り血にまみれたクマを見てジュンは「どういうこと?」と目を剥いた。


「もったいな…俺がいなくなれば晴れて自由の身だったのに」


「…行き場が無きゃ"自由"とは呼べねえよ」


そう返しながら、座り込んでいるジュンのそばにクマが這い寄る。その声は震えていて、男を手にかけるのに相当な勇気を要したであろうことを想像させる。


「お前、俺といた方が良いって言うの?少ない飯を半分こして暮らさなきゃいけないし、俺が変な要求しだすかもしれないよ?」


「一人だと飯を確保できるかも怪しいだろ。それに…この先アンタほど優しい人には出会えないと思うし」


「優しい?俺が?」


ジュンは思わず苦笑した。

手錠を外した件こそあれど、クマのことは子供が人形で遊ぶのと同じ感覚で扱っていたにすぎない。時には屈辱的な悪戯もしたのに、それがどうして『優しい』という感想になるのかジュンには理解し難かった。


「今のご時世にそんなん言う奴初めてだよ。何?俺のこと好きなの?」


ジュンは冗談半分に問うてみたつもりだったが、クマは耳を赤くしてコクリと頷いた。よく見ればクマのポケットから、四つ折りにされたタレント時代のジュンの写真が見え隠れしている。


「…いつから好きなの?タレントやってた時から?」


「タレント時代は知らない。ただ一緒に暮らしてて…」


「それストックホルム症候群じゃん」


ストックホルム症候群とは、誘拐や監禁などにより加害者との生活を強いられた被害者が、加害者に好意を抱いてしまう現象のことだ。お前は今まさにそういう状態なのだとジュンが指摘すると、クマは「そうかもしれない」と表情を暗くして返した。


「でもそのナントカ症候群だったとしても好きなことは本当だし…こんなご時世だから"好き"って気持ちは大切にしたいかも…」


クマが続けて吐いた言葉にジュンは目を剥いた。怯えるだけだったこの男がこのようなロマンチックな台詞を吐ける程の感受性を秘めていたのだと。驚くと同時にクマが自分と同年代の若者で、自分が見たことのあるドラマや映画、聴いていた音楽、流行っていた食べ物など、その名前を一つでも出せば懐かしさを共有できるかもしれない程には同じ世間を生きてきたであろうことに気づいた。


「あのー…名前、教えてくんない?」


ジュンはクマに対し躊躇いがちに訊いてみた。クマの目が見開かれる。


「なんで?」


「ちょっと名前知りたいかも…」


「教えたら呼んでくれるの?」


「いや呼ばないと思う。"クマ"が馴染みすぎてて」


「じゃあ教えなくて良いね」


意地悪く返すクマにジュンは「ひでぇ」と笑いつつクマの肩に寄りかかった。直後、ジュンの顔にグッと近づけられるクマの顔。

クマはジュンの耳許に口を寄せ小さく囁きかけると、さっさと顔を離し「ハイ教えた」と笑った。


「せっかく教えたんだから呼んでよ」


「…ありがとう」


耳許で囁かれたクマの本名を何度も反芻しながら、小さな声で応えるジュンの顔は酷く紅潮していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喋る玩具 むーこ @KuromutaHatsuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ