第48話 スクラップブック
「そもそも愛生以外は研究テーマを決めてないし、今変えるのはまったく問題ないよ」
ミライさんはいつもの明るい声でそう言った。
「来年の今の時期だとちょっと危ういかもしれないけど、それだって、結局何を優先するかってことだからね」
ミライさんの言葉に私達は各々うなずきを返した。
「研究テーマが決まったら、研究計画書を書き始めるってことですよね?」
朔空が尋ねると、ミライさんはうなずく。
「研究計画書は、その名の通り、その研究に関する計画を書くのね。だいたいいつ頃どんな調査をするのかとか、いつ頃論文にまとめるのかとか」
「テーマによって調査も変わるから、まずはテーマってことですね」
愛生がそう言うと、ミライさんはにっこりと微笑んだ。
「……でも、研究テーマってどうやって決めればいいんでしょう?」
莉緒が困ったように尋ねる。それは私も聞きたい。急に研究テーマを決めろと言われてもどうしたら良いのか分からない。
「うーん。まあ、好きに決めていいんだけど、今まで読んだ本や他の人の発表も含めて、興味を持ったものをリストアップしてみると、傾向が見えてくるかもね?」
「なるほど」
莉緒が納得したようにうなずくと、ミライさんはなにか思いついように手を叩いた。
「じゃあ、次回までの宿題はスクラップブックを作ることにしようかな」
「スクラップブック?」
私が首を傾げると、ミライさんはおもむろにカバンから一冊の古びたノートを引っ張り出した。
「これは私が昔作ってたやつだけど、こうやって興味を持った本のページとか雑誌とか新聞を切って貼っておくの。そうすると、後で見返せるでしょ?」
「おお! すげー!」
愛生が興奮しながらノートを食い入るように見ている。そこには確かに色々な媒体の紙面が収められていた。
「みんな発表のために独自にノートを作っていたと思うけど、このスクラップブックはとにかく自分の興味関心のあるものだけをまとめること」
こうして私達は、いよいよ研究テーマを絞り込むための活動に着手するのだった。
◇ ◇ ◇
「よし、やるか!」
私は近所の図書館に来ていた。
スクラップブックを作るためには切り抜きをするための資料がいるわけだけど、当然買い揃えるお金など持っていない。
そんなわけで図書館の資料をコピーしてノートに貼ることにしたのだ。
「この辺かな」
幸いにして私の家の近所にある図書館はそれなりの規模があり、クィアに関する資料も充実していた。
ひとまず私は今までの発表の中で特に面白いと思った発表を書き出し、元となった資料を探した。
「う、重い……」
そうして探し出した資料を席まで運ぶところで、何度も往復するのを面倒に思い、一気に資料を持ってきたら、流石に重かった。
もしかしたら明日は筋肉痛かもしれない。
「いやいや、こんなことでめげては駄目だ!」
私は自分を叱咤激励し、資料の中でも特にここ、というページに付箋をはる。
そうして今度はコピー機に移動して、付箋をはったページをひたすらコピーした。
コピー代を浮かすため、複数の本の見開きを一緒に一枚の紙に印刷する。なんという涙ぐましい努力だろう。
そうしてある程度コピーを終えると、今度はコピーした紙をハサミで切り抜いてノートに貼り付けた。
その作業を繰り返していると、あっという間に時間は過ぎ去ていく。そして閉館ぎりぎりまで粘って、なんとかノートの半分くらいまでを埋め、帰宅の途についた。
家に帰って晩御飯を食べ、風呂に入り、改めてノートを見返す。
するとやはり中身は恋に関するものが多かった。
「うーん、やっぱり、テーマは〝恋〟なのかなぁ」
しかし、だからといって〝恋〟の何をテーマにすれば良いのだろう。
前に朔空が言っていたクィア研究のポイントや、愛生が栗山先生から言われたこと等を総合して考える。
対象をごっちゃにせず、当たり前を疑い、ゆらぎを意識しつつ、自己満足でも利己主義でもなく、研究の先に人がいることを意識する。
「いやいやいや、無理ゲーでしょ」
私は早々にさじを投げた。とにかく、宿題はスクラップブックを作ることだ。まずはこれでミッション達成には違いない。
そうして後のことは未来の私に任せて、現在の私は眠りにつくのだった。
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