第49話 研究の方向性

「それじゃ、いつもみたいにどんなスクラップブックができたのか順番に見せ合おうか」


 ミライさんの言葉に私達はうなずく。


「誰からやる?」


 その言葉にいち早く手をあげたのは莉緒だった。


「お、珍しい。では見せてください」


 ミライさんがそう言うのも当然で、覚えている限り、莉緒が一番に発表するのはこれが始めてのような気がする。


「えっと、では、私のノートはこんな感じです」


「「「「おぉ!?」」」」


 その出来栄えに、思わず私達は唸ってしまった。


 ただ切り抜きを貼っているだけではない。マスキングテープやシールなどを活用して見やすさを重視しているし、カラフルなペンで書き込みをしているページや、感想がまとめられているページもある。


「いや、これ、本当にすごいよ。作るの相当時間かかってるよな?」


 愛生が驚きに目を見開く中、莉緒は照れて顔を赤くする。


「う、うん……。ちょっと、頑張っちゃったかな。私、凝り性で」


 思えば莉緒は授業のノートのとり方もきれいで上手なのだ。

 一度ノートを貸してもらったとき、莉緒だけ特別授業を受けているのではないかと疑ったくらいだ。


「うん、すごい見やすいし、なんか職人のこだわり(?)的なのを感じる。このあと見せるのはハードル高いなぁ」


 朔空も関心したようにそう言った。


「うん、すごくいいノートだね」


 ミライさんも満面の笑みでそう言って、莉緒は更に顔を赤くした。


「み、みんな褒めすぎ」


 ここで私が追い打ちをかけると失神してしまうかもしれない。私は中を見ていて気になった別のことを指摘する。


「莉緒は、物語に出てくるクィアに興味があるのかな?」


 すると、莉緒はコクコクと小刻みに首を縦に振った。


「確かに。フィクション、ノンフィクション、専門書のスクラップもあるけど、添えてあるメモなんかを読んでも、話の中でどうクィアが扱われているかってのに興味があるように見えるな」


 愛生がページをめくりながらそう言った。


「そ、そうなの。私、ほら、もともと本を読むのが好きだから」


「作品によっては、かなり差別的に扱われていたり偏見に満ちてたりするもんな」 


 朔空がそう言うと、莉緒も同意する。


「うん、本当にその通り。それこそ気持ち悪いものとして扱ってたり奇をてらったものとして扱ってたり。だから、そういう扱われ方と読者への影響のことを調べてみるのもいいかなって」


「面白そう」


 私が素直な感想を漏らすと、莉緒はまた照れたように笑った。


「よし、今度は俺のを見てくれ」


 すると愛生はそう言って、自分のノートを引っ張り出した。




「愛生はやっぱりクィアの種類に興味がありそうだね」


 莉緒がページをめくりながらコメントする。


「あぁ。やっぱりそこは譲れない。ただ、潜在的なクィアが何人いるとかそういうことじゃなくて、どうしてそうやって細かく分類をわけていったのかとか、それが本当に必要かとか、まずはそういうことを調べてみようかと」


 愛生の話を聞きながら、私もみんなと一緒にノートをめくる。そこには確かに愛生の情熱がつまっていて、心からホッとした。




「俺のはこんな感じ」


「そ、その手があったか」


 私は思わずガックリとうなだれた。


 朔空が私達に見せたのはタブレットだった。朔空は書籍をコピーして切り抜いてノートに貼るという原始的な方法ではなく、気になったところを写真に収めてタブレットの中にまとめていたのだ。


「まあ、コピーとか面倒だったからな」


 ミライさんのノートを見ていたがため、余計に固定観念にとらわれていたのかもしれない。


「ま、まあ、ノートはノートで利点もあるから」


 ミライさんが慰めるようにそう言ってくれるが、コピー代のことを考えるとなかなか割り切れない気持ちもあった。


「と、とにかく中を見てみよう」


 莉緒は私を気遣いながらもそう言ってページをめくる。


「なるほど。これは一言で言うと教育だな」


 愛生の言葉に朔空はうなずく。


「実は俺、教師になりたいと思ってて。だから今後の教育現場でどういう風にクィアを教えていくべきかってのに関心がある」


「へぇ~」


 朔空が教師を目指していたのは初耳だったけれど、妙に納得した。


「そっかぁ。ちなみに北欧でそういうの勉強してきた知り合いがいるけど、紹介しようか?」


 ミライさんがそう言うと、朔空は瞳を輝かせた。


「え、本当ですか!?」


 クィア研究会の中でこんなに食いつきの良い朔空は始めてみた気がする。


「うん。まあ、ちょっと……いや、だいぶ? 癖があるっていうか、風船みたいな人だけど、まあ、悪い人じゃないから聞いてみるね」


 風船みたいな人とは一体。それは体型の話なのか、人柄の話なのか。

 しかし朔空の期待に満ちた瞳は変わらなかった。




「最後は私だね」


 私は自分のスクラップブックを開きながらそう言った。


「華恋はまた分かりやすいな」


 愛生が笑いながらページをめくる。


「本当、華恋も全然ぶれないよね」


 莉緒も何だか楽しそうにしている。


 みんなのノートを見ているときは気づかなかったけれど、それは何だか自分の心の中を覗かれているような不思議なむず痒さがあった。


「まあ、恋愛感情のことだな」


 朔空がズバッとそう言って、私はうなずく。


「ええ、はい、お察しの通りです」


「うんうん、みんなそれぞれ方向性が見えてきていい感じだね」


 ミライさんが総評のようにそう言うけれど、私としてはここから先こそ本番という気がした。


「あの、それはそうなんですけど、ここから更に具体化するにはどうしたら?」


 するとミライさんはニッと笑った。


「そりゃあもちろん、その分野について徹底的に調べるしかないよ」


 その言葉に絶望的な気分になる。なんというか、本という砂漠の中で、たった一粒の砂金を見つけるに等しいような気がしてしまうのだ。


「調べてたらいつか見つかりますか?」


 弱気にそう尋ねると、ミライさんは困ったように笑った。


「うーん、じゃあ、もうちょっとだけアドバイスすると、当たり前を疑う、だよ。そういう視点で調べてごらん」


 ミライさんの言葉を頼りに、私達は研究テーマの絞り込みに奔走するのだった。

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