第42話 雨降って地固まる

「彼女が欲しかった、かぁ」


 私が復唱すると、朔空は縮こまってしまう。


「あ、ごめん、全然責めないよ? ってかむしろ、私も同じだったんだと思う。恋に憧れてただけで、だから相手は誰でも良かったんだ」


 私がそう言うと、朔空は少し困った顔をする。


「そこが難しくてさ……。じゃあ、本当に誰でも良かったのかと聞かれると、それも違う気がして。実際、別れてから割とすぐに愛生と付き合い始めただろ? それに関してはすごいモヤモヤしたんだ。なんで別れたんだろって後悔もした」


 それを聞いて驚いた。まさか朔空がそんなことを考えていたとは思わなかったのだ。


「だから、クィア研究を始めた理由に華恋が絡んでいないかと聞かれると、そこに多少は後ろめたさもあって……。そういうごちゃごちゃをひっくるめて『不純な理由』って言葉を使ってしまった」


 恐らく朔空は言いたいことをすべて言い切ったのだと思う。その顔には暗い影も残っているけれど、今までで一番清々しい表情をしていた。


 とにかく私は朔空の話を聞いて納得ができたけれど、一番反応を気にすべきは私ではない。


「愛生、何か言ったら?」


 先程から百面相している愛生に声をかける。


「あ……あー、うん。事情はまあ、理解できた。あー、なんか、変に絡んで悪かったな」


 バツが悪そうな愛生に、朔空は苦笑いを浮かべた。


「いや、まあ、元はと言えば俺が原因だからな」


 それが二人の和解の証だとなんとなく察して、私はほっと胸をなでおろす。それは莉緒も同じようだ。


「っていうかさ、私はアロマンティックなんだから、別に朔空を好きになることもないんだし、なんで嫉妬するかね?」


 私がそういうと、愛生は顔を引きつらせる。


「いや、もちろんそれはわかってるけど……。なんかこう、ムカつくのは仕方ないだろ?」


 愛生にしては非理論的な対応に、思わず笑ってしまう。

 するとそこでおずおずと莉緒が手をあげる。


「あ、あのー、さっきはなんかスルーしちゃったけど、つまりどういうことなの?」


 莉緒がそう言うと、朔空もうんうんと激しくうなずいて同意の意を示す。

 私と愛生は顔を見合わせると、どちらともなく笑ってしまい、ここまできてしまったからには、全てを話すことにした。




「なるほど、クィア同士だからこそ成立する関係か」


 朔空が興味津々といった感じでしきりにうなずく中、莉緒は微妙な表情を浮かべる。


「でも、なんかちょっと不健全な気もするけど……」


「そうかな?」


 莉緒の言葉に首を傾げる私は、もう感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。


「でも、お互い好き同士じゃなきゃ付き合ってはいけないなんてことはないわけだろ?」


 愛生がそう言うと、莉緒は意を決したように反論する。


「分かってます。でも、やっぱり複雑。だって、私は華恋のこと好きだから」


 その言葉に思わず咳き込んでしまうけれど、愛生と朔空は恐らくこの言葉の意図をわかっていない。


「いや、まあ、心配なのは分かるけど、当人同士が納得してるからな」


 朔空が諭すようにそう言うが、莉緒はそこで止まらなかった。


「あの、私は、華恋のことが恋愛的に好きなので!」


 その顔は若干赤らんでいた。


「「え!? マジ!?」」


 これには流石の二人も驚いたようだ。そこですかさず私の顔を見てきたけれど、私は知ってましたという表情を顔に浮かべるのみだ。


「え……ま、マジ……か」


 衝撃に言葉少なくそう言う愛生に、黙って目を泳がせる朔空。

 そんな二人は置いておいて、私は莉緒に向き直る。


「莉緒、心配してくれてありがとう。後、今まで話せなくてごめんね。事情を話すには朔空のセクシュアリティのことも話さなくちゃいけなくなるから言えなかったの」


 私はそう言って頭を下げた。


「うん、それは分かった。でも、もう知っちゃったから、何か困ったことがあったら相談してね」


 莉緒が笑ってそう言ってくれて、とても嬉しかった。

 幸いにして、愛生と付き合ってから、まだそれほど辛いことはなかった。けれど、それでも何か起きたとき、誰にも相談できない状況だったことは今にして思えば良くなかったのではないだろうか。

 何かあったときに頼れる。それがこんなにも安心させてくれることを初めて知った。


「はぁ、何だかな。結局俺以外はみんなクィアってことか」


 朔空が力なくそう言うと、愛生は水を得た魚の如くその言葉に食らいつく。


「いや、朔空もまだ自覚がないだけで、もしかしたらクィアかもしれないぞ? 現にアロマンティックもリスロマンティックも知らなかっただろ? クィアの種類はたくさんあるからな。一つは当てはまるものがあるかもしれない」


 それはまさに愛生が研究しようとしていることだから、熱が入るのもわかる。


「あのさ、盛り上がってるところ悪いけど、もうそろそろ帰らないと流石にやばくない?」


 そう言うと、全員一斉に時間を確認する。


「しまった! お母さんに何も言ってない!」


 半ば叫ぶようにそう言った莉緒を筆頭に、私達は解散せざるを得ないことを理解する。


 そうして最後はドタバタになってしまったけれど、この時間は決して無駄じゃなかったと思う。


 なぜなら、私達はこうして本当の仲間になれたのだから。

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