第41話 結局、不純な理由って何?

「まさかこんなに早く再集合することになるとは」


 私はため息混じりにそう言った。


「本当にな」


 愛生は少し無愛想に言う。


「……」


 莉緒はというと、どうしたものかとみんなの様子を伺っている感じで、朔空は少し緊張した面持ちで下を見ている。


「……えーっと、じゃあ、なんでまた集まったのかはみんな分かってると思うけど、念の為改めて確認する?」


 若干気まずい空気を払拭するように、なるべく明るい声でそう言ったけれど、それは愛生にかき消されてしまう。


「別にいいだろ。さっさと本題に入ろうぜ」


 そして朔空の方を見つめる。


「……まず、さっきの言い方はまずかった、とは思ってる」


 朔空はそれだけ言うと黙ってしまう。


「……」


 朔空のタイミングを尊重しようとしばらくみんなで待ちの姿勢をとる。しかし、なかなか出てこない言葉に愛生が焦れた。


「それで?」


 ややぶっきらぼうな口調にはいら立ちが込められていた。


「……『不純な理由』だけど、悪い、俺は正直クィア研究自体にはあんまり興味がなかった」


 それは予想通りの言葉で、私は小さくうなずく。


「愛生が部活を辞めた理由がそれだって聞いて、でも、腑に落ちなくて、だから自分を納得させたかった」


 朔空のその言葉に嘘はないように思う。しかし愛生はそれだけでは納得できないようだった。


「それだけか?」


 愛生の鋭い視線が朔空に突き刺さる。すると朔空は、目を閉じて深く考え込むような仕草をしたあと、ゆっくりと口を開いた。


「……正直言うと、それだけじゃない……と、思う」


 それはもしかしたら、朔空自身にも分からないのかもしれない。


「華恋が……理由じゃないって言ったら、嘘になると思う」


 その瞬間、心臓が大きく跳ねた気がした。でも、それはときめきとかそういうのではなくて、衝撃の方に近いと思う。

 なぜなら心臓はドキドキとうるさいのに、体が妙に冷えていくからだ。


「な……んで、私?」


 発した声はかすれていた。


「ごめん……」


 その返答は謝罪だった。


「……つまり、朔空はまだ華恋に未練があるってことか?」


 愛生の冷えた声が妙に大きくはっきり聞こえた気がした。


「…………分からない」


 そんな朔空の言葉に、愛生のいら立ちが強くなったように感じた。

 まるで朔空が思いつめて力を失っていく代わりに、そのエネルギーを愛生が吸収しているかのようだ。


「『分からない』じゃ、ねーだろ? お前のことなんだから。はっきりしろよ」


 怒鳴らなかったのは愛生にまだ理性が残されているからだろう。

 莉緒がオロオロと様子を伺うかたわらで、私は静かに語り始める。


「あのさ。朔空と私は確かに付き合っていたけど、やっぱり違ったねって言って別れたよね? その時朔空には何の未練もないように見えたんだけど、違ったの?」


「それは間違ってない」


 朔空はきっぱりとそう言った。


「ってことは、原因が私って、それは〝恋愛〟としての意味じゃないんじゃないの?」


 続けてそう言うと、朔空は静かにうなずいた。


「多分、そう、だと思う。けど、正直よくわからない。この気持ちが何なのか。恋のようや気もするし、そうじゃない気もする」


 朔空は混沌とした自分の胸の内を明かす。


「華恋から話を聞いたとき、俺…………。ごめん、こういうこと言ったらすごく失礼かもしれないけど、華恋のこと、本当に好きだったのか分からなくなった」


 それは衝撃の一言で、私も含めてここにいる全員が驚きに固まった。


「それ……って、どういうことだよ」


 特に愛生の狼狽ぶりは目にみはるものがあった。


「華恋には、もしかしたらすごいひどいことをしたのかもしれないんだけど」


 朔空が私の様子をうかがいながらそう言うので、これは私が先にぶっちゃけた方がいいと判断する。


「ちょっとタンマ。愛生、私のセクの話をしてもいい?」


 すると愛生が怪訝な顔で反応する。


「は? え、急に何? …………って、あ、あー、そういうことか……。あー、もう、いいよ。どうぞどうぞ」


 愛生が一人で混乱して一人で納得して一人で同意を示す中、ついていけない朔空と莉緒の顔には疑問符が浮かんでいたが、私はその同意を合図にカミングアウトする。


「実は私、アロマンティックなの。人に恋愛的に惹かれることがないセクシュアリティ。つまりひどいのはお互い様なので、私に気にせずぶっちゃけてよ」


 すると朔空と莉緒がポカーンと口を開けてしまう。恐らく脳が必死に情報を処理しているのだろう。

 しかし、そんな二人の脳に更に負荷がかけられる。


「ちなみに、俺は人を好きになるけど相手から好きになられると気持ち悪くなる、リスロマンティックです」


 このタイミングで愛生までカミングアウトしたため、ついに二人はお互いの顔を見合わせて固まってしまう。


 そのまましばらくフリーズしていたかと思うと、朔空がこめかみに手を当てながら混乱を口にする。


「え……っと、ごめん、どう反応していいかわかんないけど、え、今いきなりなんでこのタイミングで?」


 私は朔空が安心して話せる場を作りたかったのだが、どうやらただ混乱させてしまっただけのようだ。

 とはいえ、なかったことにも出来ないので、一旦状況を整理する。


「あ、えっと、なんかごめん。私に遠慮しないでぶっちゃけてねってことが言いたかったんだけど、だから、一旦忘れていいから続きをどうぞ?」


 何だか釈然としない様子をみせる朔空だったが、まずは自分の話を終わらせるべきと判断したのか、気を取り直して話を再開する。


「えーっと、じゃあ、とにかく遠慮するなと言われたからぶっちゃけるけど、華恋と付き合ったのは、華恋は俺の告白を断らないだろうと思ったからだ」


「私は基本的に、来る者拒まず去る者追わずなんだって、朔空にも言ってたもんね」


 朔空はうなずく。


「華恋は俺と違う感性を持ってるというか、話してると刺激をもらえて、一緒にいるのが楽しかった。でも、正直それが本当に恋だったのかと聞かれるとよくわからない」


 そこで一度言葉を区切ると、朔空はまた申し訳なさそうな顔になる。


「本当に本当にぶっちゃけると、多分俺は彼女ってのが欲しかっただけなんだ」

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