第40話 原因は私?
「え、何、どういうこと?」
驚きに固まる私を前に、莉緒は淡々と話を続ける。
「だから、朔空は華恋がいるからこの活動に参加したんじゃないかってこと」
「え? え、だから何で?」
全く意味が分からず混乱の極みにいる私に、ついに莉緒は憐れみを通り越し、呆れてしまったようだ。
「あのね、華恋。前にもこんな話しなかった?」
ジトッとした目でそう言われて、私はようやく莉緒が何を言いたいのかがわかった。
「……あの、朔空はまだ私のことが好きなんじゃないかっていう、例のあれ?」
莉緒は深くゆっくりうなずいた。
「あー……。なるほどね。愛生が怒ったのってつまりそういうこと?」
すると莉緒は小さく息を吐くと、私の言葉を引き継ぐ。
「うん、多分ね。朔空の本心はともかく、愛生は朔空が『不純な理由』って言ったとき、『華恋のことだ』って思ったんじゃないかな?」
であるならば、愛生のあの少々過剰すぎる反応も理解できる。
「う〜ん、まあ、愛生はそう思ったのかもね? でも、朔空の理由、本当にそれかな?」
私は眉間にシワを寄せて考え込む。
「それは本人に聞いてみるしかないけど……。場を和ませるための冗談って感じでもなかったし、愛生への挑発と考えた方が自然かなって」
「……そうだね、莉緒の言う通りだ」
そう、本当にその通り。
「うん。だから華恋、まずは――」
「朔空に直接話を聞こう」
私の腹は決まった。
「……え?」
またしても莉緒が驚きに固まる中、私は朔空に電話をかける。
プルルルルルル……プルルルルルル……
無機質な電子音が左耳にこだまする。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!? まさか朔空に電話してるの!?」
莉緒が驚く声をもう片方の耳でキャッチして、私はうなずく。
「え、いやいや、行動早すぎない!?」
呆気にとられている莉緒に、私は諭すように言う。
「あのね、こういうのは勝手にごちゃごちゃ考えるから余計ややこしくなるんだよ。朔空に理由を聞くのが一番手っ取り早いじゃない」
「そ、そりゃそうかもしれないけど」
するとそこで呼び出し音が止む。
「はい」
それは先程まで話題にあがっていた人物の声に間違いなかった。
「もしもし朔空? 今日のことで話があるんだけど」
「……」
手早く要件を伝えるも、朔空からの返事はない。
「あれ? もしもし? 聞こえてる?」
電波が悪いのかと思ってそう言うと、朔空からいつもより覇気のない返事があった。
「あー、うん。聞こえてる」
その返事にほっとしつつ、私は話を再開する。
「そう。何のことかだいたい分かるよね?」
「あー……。はい、分かります」
何故か突然敬語になる朔空を無視して、私はどんどん話を進める。
「とにかくさ。このままは良くないと思うのよ。『ギスギスしたらお菓子を食べる』でしょ? 毎回食べることになるよ? めっちゃ太るよ?」
「え、ちょっと何の話?」
莉緒がそう言ったのが聞こえた気がするけど、今は朔空との会話に集中する。
「……分かってる。今は反省してる」
その声から、確かに反省の色をくみ取った私だけれど、だからといって『はい、そうですか』と引き下がるわけにはいかない。
「なら、きちんと話をしないと駄目じゃない?」
「……」
するとそこでまた沈黙が落ちる。今度は私も朔空に考える時間を与えるべく待ちの姿勢をとった。
体感的には長く、それでももしかしたら何秒も経っていないのかもしれなかったが、そこでようやく朔空が重い口を開いた。
「そうだな」
それは短い言葉。それでも同意に他ならなかった。
「……朔空のいう、『不純な理由』ってやつを教えてよ」
これを言うのは流石の私も緊張した。それでも言葉にしなければならないことはある。
「それは――」
「お前ら道の真ん中に突っ立って何やってんの?」
「ひゃ!?」
朔空が口を開いたその瞬間、突然かけられた声に飛び上がるようにして驚く。
振り返るとそこにはもう一人の重要人物、愛生が立っていた。
「ま、愛生……どうして……」
莉緒がかすれた声を出すと、愛生は首を傾げる。
「いや、普通にここ駅までの通学路だし。お前らこそ何やってんの?」
私達は愛生より先に相談室を出て駅へと向かっていたのだから、歩みを止めていれば愛生に追いつかれるのは自明といえた。
「華恋!? どうした!? 大丈夫か!?」
突然叫び声をあげた後、何も言わない私を心配して朔空の呼びかけがスマホから響く。
「あ、ご、ごめん、大丈夫」
慌ててそう言うと、愛生が疑わし気な目で私を見る。
「誰と電話してんの?」
「あ、えっと、今はちょっと取り込み中というか」
莉緒が慌ててフォローにまわってくれるけれど、とにかく愛生が現れたタイミングは最悪といえた。
「……もしかして、愛生がいるのか?」
朔空がそう聞いてきて、私は息を呑む。
「……そうなんだな」
朔空は私が返答できないのを肯定と受け取ったようだ。
「みんなそこにいるのか?」
そう聞かれて、私は言葉を思い出したかのように矢継ぎ早に話し始める。
「あの、誤解しないでほしいんだけど、さっきまでは私と莉緒だけだったから。そもそも電話だって、私が思いついて深く考えずにかけちゃっただけで。だから別にこそこそしてたわけでも朔空を吊し上げようとか思ったわけでもなくて」
そこまで言うと、朔空から大きなため息が聞こえた。
「分かったからさ。もう、この際全員で話さないか?」
私はチラリと横目で莉緒と愛生の様子を盗み見る。そして、そこにある張り詰めた緊張の存在を認めて、私は朔空に見えもしないのにゆっくりうなずいた。
「そうだね、全員で話そう」
それは早くもクィア研究会第二回幕開けの合図だった。
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