第34話 本の構成の工夫

「お待たせ~」


 ミライさんと莉緒が戻ってきて、私たちは一様に顔をあげる。


「課題は進んだ?」


「あ」


 ミライさんの質問に各々肯定するかのように首を縦に振る中で、私は一人大口を開けて固まる。


「ん? どうかした?」


 ミライさんが首をかしげる中、私は正直に今の状況を伝える。


「すいません。本を読むのに夢中になってて、課題の存在を忘れていました」


 自分の意見をまとめて発表しなければならないのに、すっかり読むことだけに集中していた。


「いや、一切メモとか取らないからすごいとは思ってたけど、まさか忘れていたとは」


 愛生は茶化すように笑ってそう言った。よく見れば、みんなの手元にはノートやルーズリーフなどがあって、何やら熱心な書き込みがある。


「ちょっと! 気づいてたなら言ってよ!」


 思わずそう言うと、愛生は大げさにやれやれ、といったジェスチャーをとった。


「私語厳禁、だったんだから無理だろ。それに頭の中に原稿が出来上がっているのかと思って」


 私語厳禁はそうだとしても、後半の発言は絶対に嘘だ。十中八九面白そうだから黙っていたに違いない。

 とはいえ、もとはと言えば自分がうっかりしていたのが悪いからあまり強くは出れず、私は悔しさに頬を膨らませることしかできない。


「あ、えっと、あのあの。とにかく私たちだけでも発表すればいいんじゃないかな」


 そう言って助け舟を出してくれたのは莉緒だ。流石莉緒、心の友よ。


「まあ、準備はできてなくても、それだけ真剣に読んでたんなら、どんな内容だったかとか、言えることだけ言ったらどうだ?」


 朔空もそう言ってくれる。これこそ『仲間を大事にする』というやつではないだろうか。


「そうだね。せっかくだし全員発表してみよう。そもそも形式も特に指定していなかったし、あまりまとめる時間が取れなかった人も、今出来ていることをそのまま伝えてくれればいいから」


 ミライさんはそう言って、いつもの人懐っこいを笑顔を浮かべた。


「さて、誰から発表する?」


「はい!」


 すると元気よく挙手したのは愛生だった。やはり愛生はこうでないと調子が狂う。


「はい、ではトップバッターは愛生で」


 愛生はミライさんの言葉を受け、ホワイトボードの前に移動する。


「俺が選んだのは『〝じゃない方〟のLGBT』という本です。ご存じのとおり、LGBTはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字です。よって、これらはクィアの中でも特に代表として捉えられがちです」


 愛生はそこで言葉を区切ると、ホワイトボードに『LGBT』と書いた。


「けれど、世の中にはもっと多様な性の在り方が存在しています。これを表すために、クエスチョニングあるいはクィアのQ、インターセックスのI、アセクシュアルのAを加えたLGBTQIAという言葉が生まれました」


 愛生は更にホワイトボードに『LGBTQIA』と書く。


「しかし、それでもまだ不十分ということで、更に多様な性の在り方を示すために、『LGBTQ+』や『LGBTs』といった言葉が生まれました」


 ホワイトボードに『LGBTQ+』『LGBTs』という単語が追加される。


「俺はこのマイノリティの中でも更にマイノリティとされ、周縁化されてしまいがちなマイノリティについて知りたいと思ってこの本を選びました」


「それが〝じゃない方〟ってわけか」


 朔空がそう言うと、愛生は力強くうなずいた。


「そうです。残念ながら第一章は今ホワイトボードに書き出した単語やSOGIESCなどの基礎用語の解説が中心だったので、あまりこれ以上の目新しい発見はありませんでした。自分の意見、ということですが、正直、ほぼ知っている基礎用語の解説なので建設的な意見は特にないのですが、強いて言うなら復習になった、ということでしょうか。以上です」


 愛生はそう言って、自分の席へと戻った。


「愛生、トップバッターをどうもありがとう」


 ミライさんがそう言って拍手を送り、私たちもそれに続いた。


「まあ、この分野の本のあるあるなんだよね。要はその本のターゲットをどのあたりに置くのか、ということなんだけど。基礎の用語解説から入るのか、いきなり本題に入るのか。人によって知識レベルがバラバラだから、ある程度勉強している人からすると、第一章は『もう知ってるよ』って内容のことも結構あるんだよね。逆に言うと、そういうのがある本は、ある程度初学者向けだったり一般の人向けだったりするんだけど」


 ミライさんにそう言われて、私が手に取った本のことを考える。序章、第一章と読んだけれど、基礎用語の解説はなかった。ということは、やはり私が手に取ったのはある程度知識があることを前提とする、専門書の類ということなのかもしれない。


「本の構成一つとっても、そういう工夫や特徴があるわけですね」


 莉緒が感心したようにそう言った。


「まあ、全部が全部ってわけじゃないと思うけどね。さて、じゃあ次は誰が発表する?」


「では、次は自分が」


 ミライさんの呼びかけに、スッと手をあげたのは朔空だった。

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