第26話 それは人による

「で、何の話だったんだよ」


 それはもう親の仇でも見るかのようなするどい目つきで愛生は言った。


「あのね。今回に関しては百パーセント愛生が原因だから」


 対して私もすべての事情を把握したからには強気の態度でこれに臨んだ。


「俺が原因?」


 そう言いながら首をかしげる様子は、ちょっと前の私そのものだった。


「思い当たることあるでしょうが」


 一転して問い詰める側にまわってみて思うのは、こちら側はずいぶんと気が楽だ、ということである。


「ん~?」


 そして全然心当たりがなく困っている様子を見ていると、今度は憐みのような感情を抱く。莉緒もきっとこんな気持ちだったのだろう。


「え、本当に思いつかないの?」


 呆れたようにそう言うと、愛生は降参の意を示すように両手を軽く上にした。その様子にため息を吐きつつ、私は問いかける。

 

「愛生さ、部活辞めたんだって?」


「そうだけど?」


 愛生はしれっとその問いに答える。それがどうしたと言わんばかりだ。


「え、それだけ? 朔空に説得されたんでしょ?」


 あまりにもあまりな態度に、逆にこちらが不安になる。


「あー……まあ、されたような? でも、うちの学校、部活動は強制じゃないし、そんなの個人の自由だろ?」


 こいつ、仮にも次期主将などともてはやされていたのであれば、もう少し部活自体にも責任を持ってしかるべきなのでは、と思わなくもない。ただ、愛生のその物言いは、憎らしいほど愛生らしくもある。


「そうだけどさ。なんか心配してたっていうか、大会のこととか部活の雰囲気とか、そういうの気にしてたよ? それで私に事情を聴きに来たみたい」


 私がそう言っても、愛生はケロッとしていた。それどころか、少しは申し訳なさそうにするのかと思えば、むしろ気分を害したようだ。


「なんだ、そんなことかよ。なら俺に直接聞けばいいのに」


 そう言ってため息をつくのを見ていると、なんだか朔空の苦労が透けて見えて、私は複雑な心境になる。


「えっと、あのさ。確か愛生って、小学生の頃から剣道やってなかったっけ? 辞めちゃって本当に良かったの?」


 説得する気はなかったものの、流石に何かすべきなのではないかと思い、私は別のアプローチを試みる。


「そうだけど、道場自体はまだ続けてるし、部活まではいいかな、と。せっかく森川先生が見つかったし、今はクィア研究の方に専念したいんだよ」


 しかし、ある意味予想通りの答えが返ってきて、私は早々に説得を断念した。


「まあ何にせよ愛生の自由だけど。とにかくそういうことだったから、変な誤解はしないでよね」


 その代わりに改めてそう釘を刺したら、愛生は心なしかほっとしたように小さく笑った。




「ところでさ、なんで朔空にクィア研究の話をしなかったの?」


 事の発端を確かめるためにも私は尋ねる。


「んー……。なんとなく? あいつが部活を大切に思っているのは知ってたし、だったらごちゃごちゃ言わずにスッといなくなった方が良いかと思ったんだよ」


 それはなんとなくだが、理由の一部には他ならないと思うけれど、核心ではない気がした。


「……愛生はさ、『何でクィアをテーマにしたんだ』って聞かれたら、なんて答える?」


 私は朔空と話して気付いた問題について尋ねた。


「……それは、相手に寄るかな」


 それはつまり、相手によっては本当の理由を隠すということ。


「じゃあ、朔空だったら?」


 少し緊張しながらそう聞くと、愛生はしばらく考えた後に答える。


「……そうだな。たまたま読んだネット記事で栗山先生のことを知って、興味を持ったって答えるかな」


 やはり、愛生は朔空に自分のセクシュアリティのことを話すつもりはないらしい。勝手にだけど、愛生は自分のセクシュアリティのことをオープンにすることにためらいがないのではないかと思っていた。


 でも、当たり前だけど、そんなことは確かめてみなければわからない。


「華恋ならどう答える?」


 そんなことを考えていたら、愛生が私にも同じことを聞いてきた。


「そう、だね……。私は、恋とか愛とかってわからなくて、そしたらたまたまそれを専門にしている学問があることを知って、興味を持ったって、そう答えるかな」


 事実、莉緒はそういう風に理解しているはずだ。


「ふ~ん」


 愛生はそれに対して肯定も否定もしなかった。


「なんでそんなこと聞くんだよ?」


 すると愛生にそう問われ、ドキッとする。勘のいい愛生は、なんとなくこの後に続く回答を察しているかもしれない。


「あ、実はさ。話の流れでクィア研究のこと朔空に話して。もちろん、愛生のセクシュアリティのこととかは話さなかったけど。それで『何で愛生はクィア研究に興味を持ったんだろう』って言われて、『それは本人に聞けば』って返したんだけど」


「そっか」


 それが愛生の想定通りだったのかどうかはわからないけれど、愛生は短くそう答えるだけだった。


「えっと、話はここで終わらないっていうか」


 続けてそう言うと、愛生は先を促すようにコクリとうなずく。


「朔空がね、なんか、クィア研究を一緒にやりたいって言うんだけど」


「マジ? え、田崎さんに引き続き?」


 今度は私が静かにうなずく。


「それは予想外っつーか、それこそ『何で?』って聞きたい」


 それに関しては私も同感だけれど、朔空の答えはあいまいだった。しかし、その熱意は本物のように感じたから、こうして相談している。


「よくわかんないけど、莉緒にしても朔空にしても、話を聞いたら面白そうだって思ったんじゃないのかな。むしろ興味が沸かないって人の方が珍しいかもよ」


 人と関わりながら生きていれば色恋沙汰に全く絡まずに生きる方がむしろ難しいのではないだろうか。自分が積極的に関わろうとするか否かに関わらず、巻き込まれることだってある。


 であるならば、それに対してポジティブにしろネガティブにしろ、何かしら思い入れがある人にとっては、それを学問として追及するという分野に興味が沸くのは自然なことだと思う。


「う~ん、そんなもんか? まあ別に構わないけど、あんまり増えたら森川先生の負担になるから、とりあえず、この話はこれ以上は広めないようにしよう」


 愛生にそう促され、私は同意を示すように深くうなずいた。

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