第24話 ちょっかい出すな

「えーっと、で、話って?」


 約束の日、約束の時間、約束の場所。


 莉緒とした話のせいで、私の頭の中はパンク寸前だ。

 もちろん莉緒のせいにする気はないし、むしろ心構えが出来て良かったとさえ思う。

 とはいえ何の打開策も浮かんでいないまま今日という日を迎えてしまったのは残念と言わざるを得ない。


 アウティングのこともあるから本当は愛生に相談したかったのだけれど、朔空と話すと決めてから、愛生は大人げなくも拗ねてしまい、まともに会話ができていない。まあ、私たちはまだ高校生なのだから、大人げないというのは少々相応しくない表現かもしれないけれど。


「単刀直入に言うけど」


 そんなことを考えていたら、朔空が話し始めてしまった。


「……何?」


 私は緊張に生唾を飲み込む。


「茂木にちょっかい出すのやめてくれないか」


「……ん?」


 それはあまりに予想だにしない言葉だった。




「えっ……と……。えーっと、つまり、え、どういうこと?」


 こんなに混乱したのは愛生に告白をされたとき以来、いや、もしかしたらあの時を超えているかもしれない。


「だから、茂木にちょっかい出すなって」


 少しいら立ったように朔空はそう言った。


「茂木にちょっかい出すな?」


 思わず復唱してしまう。


 それはつまり、朔空は愛生のことが〝好き〟ということか。いや、しかし朔空は私と付き合っていた。朔空は私のことが〝好き〟だった。それは間違いない。いやいやでもでも、これがまさかのバイセクシュアルというやつか。


 頭の中に浮かぶ疑問を無理やり押さえつけて、私は改めて確認する。


「それはつまり、愛生と別れろってこと?」

 

 すると朔空は首を横に振った。


「別に付き合うのはいいんだけど」


「え、それはいいんだ?」


 私が疑問を口にすると、朔空はビクッと体を跳ねさせ、ブツブツとつぶやく。


「いや、まあ、正直何も思うところがないかというとなくもないんだが……。俺と別れてから付き合うまでのインターバルが短すぎないかとか、いつの間にそんな急接近したんだよとか……。そもそも俺のこと好きになれないとか言ってたのも茂木のせいなんじゃないかとか……。だって二人は幼なじみみたいなもんなわけで」


 ところどころ聞き取れないほどか細い声だったけれど、その内容から察するに、どちらかというとそれは私への未練のような気がする。


 ではなぜ『茂木に』と言ったのだろう。それが朔空なりの照れ隠しなのだろうか。


「えっと、つまりどういうこと? 付き合ってたらちょっかい出すのは当然だよね?」


 そう言った後に、『当然』という言葉の持つ危険性に気付く。


 そう、私が思う『当然』が、誰かの『当然』と一致するとは限らない。


 クィアのことを知らなければ、気付くことはなかったかもしれない。でも、今の私はそこに気付くことができる。


 もしかしたら朔空が気にする何かがそこにはあるのかもしれない。


 そう思って、朔空の次の言葉を待つ。


「あ、いや、だから俺が言いたいのは、節度を持って、ってことで」


「節度? 別に私達、まだキスもエッチもしてないけど?」


 続いた言葉が想定とは違って、思わずさらっとそう言ったら、朔空の顔がみるみる赤く染まっていく。


「ななな、なんでそういう! いや、そういうことじゃなくて、拘束時間的な、そういうことだよ!」


「拘束時間?」


 それは私が愛生を束縛しているということか。全く見に覚えがないが。


「えっと、別に束縛してるつもりないんだけど? 私がそういうタイプじゃないのは知ってるよね?」


「ま、まあ……」


 そこに関しては朔空も同意してくれた。


 だいたい、むしろやたらと絡んでくるのは愛生の方だ。それを私のせいにされても困る。それは本人の意志なのだから本人に伝えるべきことで、私にそれを頼むのはお門違いではないだろうか。


「それにさ、仮にそうだったとして、なんでそれを朔空が私に言ってくるの?」


 これが本当に束縛していて愛生が困って朔空に相談した、ということであれば分かる。けれどそんな事実は存在しない。


 すると、朔空は一度私から目を逸らして下を向いた。


「……あいつ、部活辞めたんだ」


「え?」


 よく聞き取れずにそう言うと、朔空はバッと顔を上げた


「あいつ、部活辞めたんだよ! 何か他に、夢中になるものが出来た、とか言って……」


「夢中になるもの……」


 そう言われて思い付くのは一つしかない。クィア研究だ。


 一方、朔空は暗い表情で事情を語る。


「あいつ、部内じゃ有望株で、次の主将候補だった。団体戦も、あいつがいれば優勝を狙えると思ってた。それが急に辞めるって……。部内の士気は下がる一方だし、俺だって、死にものぐるいで練習するけどなんか調子出ないんだ」


 そういえば、愛生は小学生の頃から剣道をやっていて、部活も剣道部だったはずだ。朔空も確かに同じ剣道部。それなのに、先日部活に行くと言った朔空に、愛生は同行しなかった。


 あの時は全然思い至らなかったけれど、言われてみれば確かにそうだ。


「別に誰かと付き合うことが悪いこととは思わない。実際、俺も華恋と付き合ってたし……。ただ、それで部活を辞めるっていうのはちょっと違くないか?」


 朔空の切実な訴えは、私もその通りだと思う。だからこそ、私は誤解を解かねばならない。


「えっとね、愛生が部活を辞めたのは、多分私と付き合ったからじゃないよ?」


 すると、朔空は怪訝そうな顔になる。考えてみれば、私が愛生と付き合い始めた時期と、愛生がクィア研究がどうのと言い始めた時期は一致するから、勘違いするのも無理はないかもしれない。


「え、じゃあなんで……」


 本当は愛生自身が朔空にきちんと事情を伝えるべきだと思うけれど、落ち込んでいる朔空を冷たく突き放すことは出来なかった。


「それは多分、クィア研究のためだと思う」


「く、クィア研究?」


 ますます訳が分からないといった様子の朔空に、私は事の顛末を話して聞かせた。

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