第18話 お悩み相談
「それで困ってここに来た、と。そういうこと?」
「はい」
私は長い語りを終えてカラカラになった喉を潤すため、水筒のお茶を飲み込んだ。
「それっていつの出来事?」
「つい昨日の出来事です。その後はもう完全に収集がつかなくなってしまって、一旦帰って冷静になろう、と話して帰宅しました。当然今日一日はお互いに気まずくて、ほとんど話してません」
「そっかぁ」
先生はそう言って、少し考え込むような素振りを見せたあと、静かに口を開く。
「まず、莉緒さんの気持ちを知って、比嘉さんはどう思ったの?」
「そうですね……。驚きました。全然気づいてなかったので」
別に自分は鈍感だとは思わないけれど、心が読めるわけでもない。莉緒に関していえば、本当に仲の良い友達という認識だった。むしろ、そういう可能性について考えたこともなかったと言える。
「冷静になろう、と話して一日経ったわけだけど、今はどう?」
「えーっと、今は、少し落ち着きましたけど。改めて考えると、私、変なことしてなかったかなとかそういうことが気になってしまって」
「変なこと?」
「全然知らなかったから、何か知らないうちに傷つけるようなことをしていなかったかな、とか」
それこそ『思わせぶりなこと』を知らないうちにしていて、期待させていたとしたら。私はひどく莉緒を裏切ったことになるのではないか。あるいは、知らないうちに莉緒の気に障るようなことを言っていたのではないか。
そう思うと怖かった。
「あのね、比嘉さん。変わったのは比嘉さんの方なのよ」
そんな私の葛藤に対して、先生は優しくそう言った。
「変わったのが、私?」
意味が分からずそう聞き返すと、先生は穏やかに話し始める。
「比嘉さんは莉緒さんの気持ちを知って、驚いただろうし、莉緒さんが突然別人になってしまったように感じるかもしれないけど、莉緒さんは何も変わってないの。変わってしまったのは比嘉さんの意識の方なのよ」
「私の意識、ですか」
先生はコクリとうなずくと、話を続ける。
「比嘉さんが莉緒さんの気持ちを知っていようといまいと、今まで過ごした時間は変わらないでしょう? もちろん人間だから、関わる中で傷つけてしまったこともあるかもしれないけど、それはお互い様。そういうすべてをひっくるめて莉緒さんは比嘉さんのことが好きになったんじゃないのかな?」
『気持ちを知っていようといまいと、今まで過ごした時間は変わらない』。本当にその通りなのに、私は焦るばかりで余計なことをごちゃごちゃと考えていたのかもしれない。
「莉緒さん自身は何も変わっていないのに、比嘉さんが過度に避けたり逆に特別扱いしたりしたら、それこそ莉緒さんは気にしてしまうんじゃないかな」
「……じゃあ、今まで通り接するのが一番いいってことですか?」
そう聞くと、先生は静かに微笑んだ。
「それは比嘉さんがどうしたいのかによっても変わると思うよ。比嘉さんはどうしたいの?」
改めてそう聞かれて考える。私はどうしたいのか。
考えて、考えて、それでも結論は変わらなかった。
「やっぱり、友達でいたいです。莉緒にとっては辛いことかもしれないけど、私にとっては大切な友達だから」
そう言うと、先生は私の気持ちを尊重してくれた。
「それなら、その気持ちをそのまま莉緒さんに伝えてみたらどうかな。比嘉さんが大切だって言ってくれたら、きっと嬉しいと思うから」
私は先生の言葉を受けて、どうなるか分からないけれど、莉緒ともう一度話してみようと心に決めた。
「ちなみに確認なんだけど、この話、私以外にも話した?」
そう聞かれて、私は首を振る。
「そう。念のためお伝えしておくと、本人の同意なしにその人の秘密を第三者に話すのはアウティングといって、良くないことだから気を付けてね」
「え、先生にも、ですか?」
私が驚いて聞くと、先生は丁寧に説明をしてくれた。
「私は公認心理師という資格を持っていて、守秘義務があるから大丈夫なんだけど、例えばお友達とかご家族とか、比嘉さん自身が信頼している人であっても、守秘義務がない人に話すのは駄目ってことね」
あまり軽々しく話すことではないと思っていたけれど、改めて相談室に来たのは間違っていなかったと思った。
気づけば完全下校時刻が迫ってきていたので、私は先生にお礼を言って席を立った。そして、いざ部屋を出ようかというタイミングで、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの、差し支えなければ教えていただきたいのですが」
「何?」
「先生は、『逆はある』って言ってましたけど、その時はどうなったんですか?」
聞いてもいいのかわからなかったけれど、少しでも参考になればと思った。すると、先生は茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて答えてくれた。
「最初は振られちゃったんだけどね。それでもめげずに押して押して押しまくって、最終的にオッケーをもらったの」
「え、そうなんですか」
どちらかというとゆるふわ系に見える先生が、そんなに情熱的な恋愛をするとは驚きだった。
「私はね、好きな人は誰一人諦めないの」
そう言って、クスッと笑った先生の顔がなんだかちょっと艶っぽくて、これが大人の色気というやつか、と少しどきどきした。
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