第17話 バレるとは思ってなかった

 その子の名前は田崎莉緒たざきりお。高校で初めてできた友達だった。


 たまたま同じクラスでたまたま席が近かっただけ。それでもなんだかんだ一緒に過ごすうちに意気投合して、お弁当を一緒に食べたり休日に一緒に出かけたり、確かな友情を育んでいた。




 その日もいつも通り、私達は帰りに寄ったカフェでたわいもない話をしていた。


「あ、そういえば報告が遅れちゃったんだけど」


 私は急に思いついたかのようにそう言った。本当のところはそれが今日のメイントピックだったのだけれど、話すタイミングを伺っていたのだ。


「何?」


 当然内容を知らない莉緒はのほほんとそう聞いてきた。私は緩みそうになる表情筋を引き締めつつ、努めてさらっと報告する。


「実は、朔空さくと付き合うことになった」


『えー! いつの間に!』


 そういう反応を期待していた。少なくとも一緒に喜んでくれると思っていたのだ。しかし私の思惑とは裏腹に、莉緒はハラハラと涙をこぼし始めた。


「え……」


 突然のことに私が驚きに固まってしまう中、莉緒はハッと我に返ると慌てて両手で目をこすった。


「ご、ごめん」


 そう言って謝りながら何度も涙をぬぐう。しかしそれは一向に止まる気配がなかった。


「あ、えっと、こ、これ使って!」


 とっさにカバンからハンカチを取り出して手渡すと、莉緒はハンカチで顔を覆った。


 そんな莉緒を気遣わしげに見つめながら、なぜ莉緒が突然泣き始めたのかを必死に考える。そして、色々と理由を考えていくなかで、私はある仮説にたどり着いた。


 実は莉緒が朔空のことを好きだったという説だ。もしそうなら泣いてしまったことにも説明がつく。


「あの、莉緒、勘違いだったら悪いんだけど」


 私は内心の動揺を必死に圧し殺しながら口を開く。


「ひょっとして、好きだったの?」


 そう言った瞬間、莉緒がビクッと体を震わせたのが分かった。それだけで、私は莉緒の気持ちをなんとなく察してしまった。


「あ、あの、華恋……」


 みるみる青ざめる莉緒に、私は口の中が乾いていくのを感じながら、それでも今の気持ちを精一杯伝えた。


「あの、気づかなくてごめんね。もし気づいていたら……うん。でも、付き合い始めちゃったのは事実で、だけど莉緒にはできたら今まで通り友達でいてほしい」


 実は私自身はまだ朔空のことが好きではない、ということは言わないでおいた。本当はむしろそれを話したかったのだけれど、それはあまりに残酷だと思ったから。


 莉緒はしばらく黙り込んでいたけれど、か細い声でポツリポツリと話し始める。


「私こそ、泣いちゃって、困らせちゃってごめんね。勝手に好きでいられたら良かったのに、なんか、やっぱりショックで……。友達でいてほしいって言ってくれて、嬉しいけど、でも本当にまさかバレるとは思ってなかったから、今まで通りって言われても、できるか分からない」


 それを聞いて、私は激しく後悔した。どうして安易に朔空の告白を受けてしまったのだろうかと。もし、先に莉緒の気持ちを知っていたら、絶対に断っていたのに。


 それでも一度了承してしまったものを、すぐに断るのも気が引けて、どうしたら良いのか分からなくなった。


 私がそうやってどうすべきかと悩んでいると、莉緒は自分に言い聞かせるように言葉を発する。


「でも、努力するね。華恋のことを好きな気持ち、忘れられるように頑張る」


「ん?」


 必死に新たな決意を述べる莉緒には申し訳ないけれど、その発言は私の理解した状況と合致しない。私は聞き間違いかと思い、念の為確認する。


「ご、ごめん、今なんて言った?」


「え?」


 すると莉緒が戸惑いの表情を浮かべる。私はまさかまさかと思いながらも、改めて確認する。


「えっと、莉緒は朔空のことが好きなんだよね?」


「え? 私が好きなのは華恋だけど」


「え?」


「え?」


「「えー!?」」

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