第16話 世間話をしよう

「え、世間話、ですか?」


 突然のお誘いに驚いていると、その人は私の横からすっと前に出て相談室の扉を開けた。


「うん。ちょうど暇を持て余していたから付き合ってくれたら嬉しいな」


「は、はぁ」


 よく分からないがなんとなく促されるまま部屋に入り、勧められた席に座ると、その人はニコニコと笑った。


「それじゃあ、今日私はあなたをなんと呼べばいいかな?」


 変な聞き方だとは思ったけれど、私は素直に答える。


「あ、えっと、一年C組の比嘉華恋です」


「比嘉華恋さん! 素敵な名前だね。じゃあ比嘉さんかな? 華恋さんかな? それとも何か読んでほしいニックネームはある?」


 初対面にも関わらず、すらすらと言葉が出てきて少し驚いたけれど、朗らかな雰囲気だからかあまり圧迫感はなくて、私は落ち着いて話をすることができた。


「あ、普通に比嘉でいいです」


「そっか、比嘉さんね。私は森川未来もりかわみくるです。私のことは、そうだな。オススメはミライさんなんだけど、恥ずかしかったら森川さんでもいいよ?」


 そんな明るくて人懐っこい先生に、ちょっと家で飼っている愛犬の姿が重なって、緊張がほどけていくのを感じた。


「あーえーっと、では、森川先生、で」


 私が少し照れながらそう言うと、先生はまたニコッと笑った。


「はい、よろしくお願いします」


「あ、はい。よろしくお願いします」




 それから、『最近楽しかったこと』だとか『オススメの動画』だとか、本当にたわいのない世間話をした。先生は始めこそ少し強引で驚いたけれど、とても聞き上手で気づけば時間を忘れて色々な話をしていた。


「ところで比嘉さん、今日は何時までいられるの?」


 先生にそう言われて初めて時間の経過を認識した。


「あ! すいません、長々と話してしまって!」


 私が慌てて謝ると、先生は朗らかに笑った。


「大丈夫。私はみんなとお話をするのが仕事だからね」


 その時にはすっかり先生に心を許していて、私は本来ここに来た目的を思い出していた。


「あの、ちょっと相談、というか、聞いていただきたいことがあるんですけど」


 様子を伺いながらもそう言うと、先生は変わらない笑顔で先を促してくれた。


「えっと、その、こ、これは友達の話なんですけど」


 しかしいざ話そうとすると緊張してしまい、思わずそう言ってしまった。すると先生は一瞬きょとんとしたかと思うとクスリと笑ったので、私は余計に恥ずかしくなってしまう。


「ああああの、嘘じゃなくて」


 慌ててそう言うと、先生は少し困った顔をした。


「あ、ごめんね。それはもちろんわかってるんだけど、ちょっと思い出し笑いしちゃって。気にせず続けて?」


 申し訳なさそうにそう言ってくださったので、私は気を取り直して話を再開した。


「は、はい……。えっと……。せ、先生は、同性の、つまり、女の子から告白されたことはありますか?」


 緊張で胸がどきどきと鼓動を速めているのがわかる。一方、先生は極めて冷静だった。


「告白されたことがあるか、というのは、恋愛的に好きだと言われたことがあるか、ということで合ってる?」


 そう聞かれて、私は頷いた。


「う~ん、それはないかな」


 先生が少し考えた後にそう言って、私は少なからず落胆した。


「逆はあるけど」


 しかしその後続いた言葉に驚愕する。


「え、本当ですか⁉」


 思わず身を乗り出してしまったけれど、先生は全く動じなかった。


「うん、それがどうかした?」


 その言葉があまりに自然すぎて、私も少し冷静になれた。


「あ、えっと、実は友達の女の子が、友達の女の子から告白を、つまり恋愛的に好きだと言われたみたいで、困ってて、それでどうしたらよいかと思って」


 そう言うと、先生は静かに頷いた。


「そうなんだ。その子は具体的に何に困っているのかな?」


 先生が優しくそう聞いてくれて、私は改めて何に困っているのかを考えてみた。


「そう……ですね。何に困っているのか……。ごめんなさい、うまく説明できないです。とにかくどうしたら良いのかわからない、という感じで」


 こんなことを言われても、先生だってどうしていいかわからないだろう。ちゃんとした相談にすらなっていないことに申し訳なくなり、やはり来るべきではなかったと思った。


 しかし、先生は戸惑っても困ってもいなかった。


「そう、今は混乱してしまっているということなのかな」


 優しくそう聞いてくれたから、私は静かにうなずいた。


「良ければ告白を受けたときのことをもう少し詳しく聞かせてくれないかな」


 先生がそう言ったから、私は改めて先生にその時のことを語り始めた。

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