第19話 私たちの指導教員になってください!
それから色々とゴタゴタもあったけれど、莉緒と私は今でも良い友人関係を築けていると思う。
今にして思えば、莉緒はリスロマンティックの愛生に近いのかもしれない。『勝手に好きでいられたら良かった』『バレるとは思ってなかった』という発言は、リスロマンティックのそれではないか、と。
もちろん、同性愛ゆえの遠慮や葛藤による発言の可能性もあるけれど。
それでも朔空と付き合って、別れて、今度は愛生と付き合って。そういう私の恋愛の変遷を、莉緒とはずっと共有してきた。
「恋愛の話をされるの、嫌じゃないの?」
私がそう尋ねると、莉緒は少し考えこんだ後、困ったように笑った。
「なんていうか、私にとって華恋の恋バナを聞くのは、納豆みたいな感じ」
「な、納豆?」
私が困惑を口にすると、莉緒は面白そうに笑った。
「美味しいんだけど、臭い。でも癖になる。そういう感じ」
「えー……。なんかもっとこうさ……。そう、グリーンカレーとか。辛いけど美味しいけどやっぱり辛い、みたいな、そういう表現はなかったの?」
私が眉間にしわを寄せてそう言うと、莉緒はクスクスと笑っていた。
私に恋人ができたことをショックだと言った莉緒。それでも一緒にいてくれる莉緒。その〝好き〟は何の〝好き〟なのだろう。
『恋愛と友情の境目はなんだ』。以前、愛生が私にそれをテーマに卒論を書いてはどうかと言っていたけれど、改めてそれは悪くない提案だったのではないかと思い始めていた。
◇ ◇ ◇
そうして待ちに待った金曜日。私と愛生は相談室の前に来ていた。
「いよいよだな」
落ち着かない様子で愛生が言った。緊張もあるだろうけれど、どちらかというとはやる気持ちを抑えられない、といった感じだ。
「引き受けてくれるといいね」
私もそう言って、相談室の扉を開けた。
「こんにちは」
そう声をかけて中に入ると、狙い通り森川先生が在室していた。
「あら、こんにちは」
先生は私たちに気が付くと、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべて歓迎してくれた。
「あの、比嘉です。覚えてらっしゃいますか」
私が恐る恐るそう聞くと、先生は明るい声で答えてくれる。
「もちろん覚えてるよ! ちょっとご無沙汰だね。えーっと、後ろの子は」
先生がそう言って愛生に視線を送ったところ、愛生は居住まいを正して挨拶をする。
「初めまして。二年D組の茂木愛生です」
「はい、初めまして。スクールカウンセラーの森川です」
莉緒に関することで何度か先生とは話をしたのに、先生の肩書を知らなかったという事実に、内心少し驚いた。
「今日はどうしたの?」
先生は私たちに空いている席を勧めながら聞いてくる。
「実は、先生にお願いしたいことがありまして」
愛生が真剣な面持ちでそう言うと、先生は先を促すようにうなずいた。
「俺たちの卒論の指導教員になっていただきたいんです」
愛生がそれはキラキラとした目でそう言った。
「卒論の指導教員って、あの、三年生がみんな書かなきゃいけないっていう、あの卒論? それの指導教員? なんで私にその指導教員をやってほしいの?」
先生にそう聞かれ、愛生は理由を話す。
「実は俺たち、クィアをテーマに卒論を書こうと思っているんですけど、先生がその分野に詳しいと伺ったので」
愛生はこれまでの交渉で使っていたLGBTという単語を封印し、あえてクィアという単語を使った。
私としては先生も当事者のようだったし、莉緒の相談をしたときも動じていなかったから、勝手に詳しいんじゃないかと思っていたけれど、実際に確かめたわけではないので少し不安になる。
すると先生は少し考え込むような素振りを見せたあと、おもむろに口を開いた。
「確かに私はこの高校の母体の大学の方でクィア関連のゼミに所属していたし、卒論も修論もそれをテーマで書いたけど――」
「え!? 先生はもしかして栗山ゼミの卒業生なんですか!?」
先生が話している途中だったが、それを遮るように愛生が声を上げた。
「え、えっと、そうだけど?」
先生が戸惑いながらも肯定すると、愛生は明らかに興奮した様子で話し始める。
「うわぁ! すげぇ! まさか栗山ゼミの先輩に出会えるなんて! 俺、大学に進学したら栗山ゼミに入りたいんです! 色々話聞かせてください!」
明らかに本来の趣旨を忘れてしまっている愛生を、私は慌ててたしなめる。
「ちょっと愛生! 今日は卒論の指導教員のお願いに来たんでしょ」
すると、愛生はハッと我に返ると謝罪した。
「そ、そうでした。つい興奮してしまいました。でも、本当、栗山ゼミ出身の人に指導していただけたらこんなに心強いことはないです! 是非お願いします!」
愛生はそう言って、それはもう、土下座でもする勢いで頭を下げた。いや、これは確実に断られたら土下座するやつだ。
そうは思いつつも、私も頼みに来ている手前、愛生に倣って頭を下げる。
「えっと、うん。二人の熱意はわかりました」
若干戸惑いを孕んではいたけれど、先生のその発言を受けて、私達は顔を上げる。しかし、そこにあったのはとても申し訳なさそうな顔だった。
「それは分かったんだけど、多分無理」
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