第14話 先生を探して
「ありえね〜……」
愛生は力無く机に突っ伏した。
染谷先生に指導教員を断られてから、さらに五人連続で断られ、私たちは一度作戦を練り直すために教室へと戻ってきた。
「なかなか難しいね」
私がそういうと、愛生がそれは不機嫌そうにため息をついた。
「多様性だなんだって言っても、結局言葉が一人歩きしてるだけだ。実際にはみんな遠巻きに見てるだけで、関わりたくないんだろ。何がダイバーシティだ、偽善者が」
吐き捨てるようにそう言う愛生に、私は持っていたチョコレートを差し出した。
「ま、これでも食べて落ち着きなよ。別に関わりたくないわけじゃなくて、専門じゃないから無理だって言ってたでしょ?」
すると、愛生は頬を膨らませてジトッとした目でこちらを見つめる。拗ねた子供のような様子は可愛らしくもある。しばらくそうしていたかと思うと、私が差し出したチョコレートを口に放り込み、静かに口を開く。
「あんなの建前だろ。実際、LGBTって言葉が出た瞬間顔がこわばってた」
愛生は怒っているようだけど、どこか悲しげでもあった。
愛生は最初に声をかけた染谷先生の反応から学んで、以降の先生には最初からLGBTという言葉を使って説明をしていた。だから、話自体はスムーズに進んでいたように思う。けれど、それは愛生の信条を歪める行為だったに違いない。
そこまでして交渉に及んで、それでもうまくいかなかったのだから、きっと交渉が失敗したということ以上の苦悩が愛生にはあるのだと思う。
だから私は私なりの方法で、愛生をサポートしたいと思った。
「愛生はさ、指導教員に何を求めてるの?」
「ん?」
私の質問の意図がわからなかったのか、愛生は首を傾げた。
「愛生が声をかけた先生、みんな現社の先生だったけど、それはなぜ?」
今度はそう聞くと、愛生はなぜそのようなことを聞くのかと不思議そうではあったが、しれっと答える。
「分野としては一番近いかと思って」
「でも、統計学的なことをやるなら数学の先生でもいいかもしれないし、心理学的なことをやるなら現代文(?)の先生でもいいかもしれないし、もっと広く考えたら生物の先生でもいいかもしれないよ?」
そう言うと、愛生は少し考え込んだ様子だったので、私はさらに畳み掛ける。
「それにさ、卒論のことだけを考えれば、むしろやる気がなくて私たちのやることに口も出さず、成績だけつけてくれるような先生の方がいいかもよ?」
すると、愛生はそこで口を開く。
「華恋の言いたいこともわかるけどさ、俺はやっぱりちゃんと研究したい。せっかくのチャンスだし」
「チャンス?」
今度は私が首を傾げる番だった。
「華恋は進学したい学部は決まってるか?」
なぜ今そんなことを聞くのかはわからなかったけれど、私は答える。
「う〜ん。具体的にはまだ決めてないけど……。少なくとも理系ではない」
すると、愛生は間髪入れずに自分の希望を述べる。
「俺は社会学部。絶対に社会学部に行きたい」
「へぇ、なんで?」
私が問いかけると、それはキラキラと瞳を輝かせて愛生は答える。
「入りたいゼミがあるんだ」
その様子から、私はなんとなく答えを察した。
「……もしかして、クィア系のゼミ?」
すると愛生は力強くうなずいて、熱く語り始める。
「そう! 俺がリスロマンティックじゃないかって指摘された後、色々調べているうちにクィア研究に行きついてさ。そうしたら、日本のクィア研究の第一人者の先生がうちの大学にいるって知ったんだ。それになんか、運命的なものを感じたって言うか……。先生の書いた本も読んでみて、すごい難しかったけど面白かった」
愛生が急にクィア研究がどうのと言い始めたのは、きっとこれがきっかけだったのだろう。別に不真面目とまではいかないまでも、特段勉強が好きと言うわけでもなく、要領よくこなしているようだった愛生が、学問に目覚めたきっかけ。
「なんか、大学って、具体的にどんなことをする場所なのかもよくわかってなくて、それでもどうせ行くことになるならってエスカレーター式のこの学校を選んだけど、今はこの学校を選んで良かったって思ってるんだ。それで、早く大学に行きたいって思う。本当に興味があることを思いっきり探求したいんだ」
愛生は本当に楽しそうにそう語った。
「だから卒論も、先生のゼミで研究するための予行練習というか、ちゃんとやって、成果を残したい」
愛生は最後にとても真剣にそう言って、話を終えた。
「それなら、クィアに関する専門知識のある先生に声をかけた方がいいんじゃないの?」
私がそう言うと、愛生はがっくりと肩を落とす。
「そりゃそうだけど、うちにそんな先生いないだろ?」
愛生の答えを聞いて、私はやっと事態が把握できた。
「なるほど、そう思い込んでいたから現社の先生を当たってたのね」
私の言葉に、愛生はハッとした。
「もしかして華恋、クィアの専門知識がある先生に心当たりがあるのか?」
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