クィア研究への道
第12話 指導教員の特徴とは
「クィア研究をする上で必要なものは何だと思う?」
お弁当の卵焼きを口に放り込んだ私に、愛生が言った。私は口の中の卵焼きを咀嚼しながらも考えて、美味しく呑み込んだ後に回答した。
「金?」
すると、愛生はとても楽しそうに笑った。
「それは希望条件だけど必須条件じゃないね」
それは眩しくも輝く太陽の下、夏服の襟が風に踊るランチタイムの出来事だった。
あれから数週間が経過し、私たちの付き合いは順調と言えば順調で、平行線と言えば平行線だった。
なんとなく一緒にいて、くだらないおしゃべりをして、たまに言い争いになることもあって、それでも休みの日には一緒に出掛けて、そんな緩やかで楽しいお付き合い。
不満があるとすれば、私の恋心が相も変わらず見つかっていないことだ。
「そんなことよりこの卵焼きは絶品だわ」
私がそう言うと、愛生は無言で自分の弁当箱に残っていた卵焼きを私の弁当箱に移した。
「そんなことよりじゃない。真面目に考えろよな」
そう言って、ほうれん草のお浸しに箸を伸ばす。
「それも大事だけど。作ってくれた人を賞賛し、感謝の意を伝えることもまた大切でしょ?」
そう。何を隠そうこのお弁当は、愛生が作ったのである。
『尽くしたいし、甘やかしたい』とは言っていたけれど、本当に愛生はそれを有言実行した。
どうやらもともと料理好きだったようで、弁当はもちろんお菓子なども作っては持ってきてくれる。そうして気付けば、私はもう完全に胃袋を掴まれていた。
恋はしていないにしても、愛生が居なくなったら困る、とは思っている。
「それはそうだけど、話をそらすな。ぼーっとしてるとあっという間に期末試験で、すぐに夏休みだぞ」
「中間試験が終わったばかりなんだから、そういうテンション下がることを言うのはやめてよね」
そう言うと、愛生は少しムッとした。
「だから話をそらすなって」
真剣な口調の愛生に、これ以上茶化すのは危険と判断する。
「はいはい。う~ん、クィア研究に必要なもの?」
これが理系の研究であれば、実験設備ということになるのかもしれないけれど、クィア研究の場合、自分の脳みそさえあればどうとでもなりそうだけれど。
「全然わかんない」
まさかそれが答えではないだろうから、私はさっさとさじを投げた。愛生が満足する答えを自力で出せる気が全くしなかったからである。
「仕方ないな、教えてやろう」
そして、私がさじを投げても怒らないだろうこと。それどころか、むしろさじを投げることを期待していたであろうことを察したからだ。
「指導教員だよ」
その顔は少し得意げに笑っていた。
「指導教員か」
私が復唱すると、愛生はうんうんとうなずいた。
「そう、指導教員。研究をサポートしてくれるのもそうだけど、そもそもうちの卒論の成績の付け方って、指導教員の一存らしいからな」
それは私も情報通の友人から聞いていた。
私たちの卒業要件になっている卒業論文の製作は、まず指導教員を見つけることから始まる。そしてその指導教員のサポートの下で研究を行い、論文を仕上げる。指導教員は改めて提出された論文の内容を精査し、成績をつけ、それがそのまま確定となるらしい。つまりは指導教員のさじ加減でどうとでもなってしまうからこそ、指導教員選びはとても重要だ。
こういっては何だが、こういう時に人気が集中する先生というのはある程度決まっている。そう、融通が効いて、適度にゆるい先生。何を書いても何も言わず、それなりの評価をしてくれる先生。端的に言えば、先生自身にやる気がなければないほどいい。逆に仕事に情熱を注いでいるタイプの先生は、的確な指導をしてくれるかもしれないが、それは要求するレベルが高いことを意味する。
そして、やる気がない先生は、指導する生徒が少なければ少ないほど嬉しいはずだ。その分自分の仕事が減るからである。つまり、受け入れる人数が少ないことを意味する。ただでさえ人気があるのに枠が少ない、倍率が高いということになる。そして、それは逆もしかりだ。
と、ここまではあくまで私が私の友人と交わした議論の話。愛生のこの気合の入りようから察するに、楽してそれなりの成績を得ようという魂胆はないだろう。
「目星をつけている先生はいるの?」
そう問いかけたけれど、愛生はむしろ先ほどの話でいえば後者のタイプ、熱血指導系の先生を選びたいということだろうと予想した。
「うん、染谷先生」
愛生の口から出たのは私もよく知っている先生だった。
「なるほどね」
担当教科は現代社会。ディベート大好き。趣味は国会中継を観ること。まさに絵に描いたような熱血指導タイプの先生だった。
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