第10話 選べたらよかった
「バカ、ね。華恋はそう思うんだ」
ひとしきり笑って満足したのか、愛生は落ち着きを取り戻すとそう言った。
「え、だってそうでしょ? 愛生は相手に好きになってほしくないんだよね? それなのに至れり尽くせり過ぎない? ぶっちゃけあのまま夕陽を見ながら『好きだよ』とか言ったら好きになるなって方が難しいんじゃないの?」
私がそう言うと、愛生はこれまた楽しそうな笑顔を浮かべた。
「でも、華恋は俺のこと恋愛的に好きじゃないだろ?」
まるでそれ以外ありえないとでも言いたげなのが若干癇に障るけれど、事実なので認めつつ、私は自分の疑問を言葉にする。
「まあそうだけど、今は私のことはいいからさ。なんていうか、好きになって欲しくないならそのための行動をすべきなんじゃないの?」
すると、愛生は自嘲気味に笑った。
「例えば?」
「え、例えば? そ、そうだな。例えば……。そう、例えば、毎日『好き』の代わりに『うんこ』って言うとか!」
私がない頭を振り絞って案を出したにも関わらず、またしても愛生はそれを盛大に笑い飛ばした。
「あははははははははは! ぶっくく……。いやいや華恋。俺は好きになって欲しくはないけど、嫌われたいわけじゃないからさ」
笑いすぎて涙目になりつつもそう言う愛生に、しかしそれはそうだと納得せざるを得なかった。
「そ、そりゃそうか。う~ん……。でもさ、とにかく今日みたいなのはやりすぎなんじゃないの? 『うんこ』はちょっとあれにしても、もうちょっと冷たくしないとさ」
そう言うと、愛生は一旦落ち着くためか、ハーッと息をはいて呼吸を整えると、悲しげに笑った。
「俺はさ、好きな人には尽くしたいし、甘やかしたいんだよ。好きな人のために努力する自分が好きだし、それで相手が喜んでくれたら、笑ってくれたら嬉しいんだ。例え自分のためでも、傷つけることはしたくない」
「……それ、矛盾してない?」
好きな人のために尽くしたい、相手がそれで喜んでくれたら嬉しい。その気持ちは理解できる。でも、それで相手が振り向いたら、気持ち悪くなってしまうのが愛生の特性だ。〝好き〟の気持ちが消えてしまう。
それだけではない。傷つけたくないと言っている一方で、『私も好き』と言った瞬間、それが原因で愛生が離れてしまったら、それこそ相手は傷つくのではないか。その時には愛生自身の〝好き〟はなくなっていても、相手の〝好き〟は残ったままだ。
他人の私が言うことではないと思う。それこそ、『本人が決めること』だと思う。それでも少し、それは残酷なのではないかと思ってしまう自分がいる。
そして、だからこそ、最初から応えられないなら、そして愛生の〝好き〟が消えてしまうなら、相手が好きになってしまうような行動をとるべきではないと思ってしまうのだ。
「矛盾、ね」
愛生は噛み締めるようにそう言った。
「でもさ、華恋。俺は人間だよ?」
その言葉の意図がわからず私が首をかしげると、愛生は夕陽に視線を移して語り始める。
「リスロマンティックの中にはさ、自分が片思いをしていることを悟られたくないって人もいるみたいなんだ」
夕陽に照らされた愛生の横顔は、少し愁いを帯びているように見えた。
「もちろん、その方が合理的だ。恋をしても何も行動を起こさなければ、あるいは絶対に接触しないようにすれば、相手が俺のことを好きになって、蛙化現象が起こることもないかもしれない」
愛生はそこで一度言葉を区切ると、深くため息をついた。
「だからこそ思うよ。愛し方を選べたらどんなに楽だろうって。でも、俺はこういう人間で、選べないこともある。それは多分、好きになる人ならない人を選べないのと一緒じゃないかな」
その言葉は深く私の胸に突き刺さった。私だって、選べないのに。『こうすればいい』と他人が言うのは簡単で、でもそれができないから苦しんでいるのに。どうして私はそれを忘れてしまっていたのだろう。
「それにさ、全部が全部、合理的に行動しないとダメなのか? 矛盾してるからこそ人間なんじゃないのか? 好きな人のために何かしたいって思うのは間違ってるのか?」
そして、続いた愛生の言葉が私の頭の中で反響した。
私はどうして簡単に『残酷だ』なんて思ってしまったのだろう。きっと、それは愛生が一番よくわかっていて、どうにもできない自分に苦しんでいるかもしれないのに。
私は自分が犯した過ちに、ただただうつむくことしかできなかった。
「応えられないのに好きにさせたら悪いのか? 失恋させたら加害者か?」
それでも愛生の言葉は続いて、私の耳はそれを愚直に拾い上げる。そして、最後に拾い上げたその言葉が、私の胸の一番奥にあるわだかまりを浮上させた。
『思わせぶりなことをするな』
何度言われたか分からない。私はただ、仲良くしたいと思っただけなのに。一人の友人として、正直に、誠実に、親切に、丁寧に、接しただけなのに。それこそ私のことを好きになってくれるほど相手に尽くしただけなのに。
私が恋を知らないからか、それは関係ないのかはわからない。それでも、どこまでが友人として正しい在り方で、どこから思わせぶりになってしまうのか。それが私にはわからなかった。
『失恋させたら加害者か?』
だから、その疑問は、私の心にも深く根差した問題だった。
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