第9話 好きになるに決まってる
私たちが入ったのはパスタ専門店だった。
外観や内装は下町のイタリアンという風体で、素朴で親しみが持てる雰囲気だ。既にピークの時間帯は過ぎているようで、食後の一杯と世間話に花を咲かせているテーブルが目立っている。
通された席に座ってメニューを開くなり、目に飛び込んできたパスタの種類の多さにやや面食らいつつ、ページをめくる。そんな私の目に、大変魅力的な文字が映った。
「かぼちゃクリームパスタ、なるものがあるんだけど!」
私は顔をほころばせてそう言った。
「へぇ、そう。それにするの?」
しかし愛生があまりに淡々としているため、浮かれてしまった自分を少し恥ずかしく思った。
「えっと、実は私かぼちゃ好きなんだよね。だからそうしようかな」
内心の恥ずかしさを必死に隠しながらそう言うと、愛生もメニューを決めたようで、さっと店員を呼んで注文を終えた。
「……ま、実は知ってたんだけどね」
「え?」
私が不思議そうに首をかしげると、愛生はいたずらが成功した子供のような顔をして笑った。
「かぼちゃ」
その一言から、このメニューがあるからこそ、わざわざこの店を選んだのではないかということを察した。
◇ ◇ ◇
ランチの後はそのまま町を散策した。共通の趣味というものもとくにないのだけれど、話題が尽きることはなかった。
計画性もなくぶらぶらしているだけと思い込んでいた私は、ちょうどおやつくらいの時間に今度はスイートボテトを販売しているワゴンに遭遇し、ある事実を認めざるを得ないことに気づいた。
そして夕暮れ時。私と愛生は人もまばらなとあるタワーの展望台に来ていた。
「めっちゃ綺麗だね」
そう告げた私の隣で愛生も同じ景色を眺めている。
「ここ、夕日がきれいに見える穴場なんだよね」
愛生の声はとても落ち着いていた。夕焼けが西の空を茜色に染めている最高に美しい景色。それを二人並んで見つめている。
私はいよいよこれははっきり言っておかなければならないだろうと心に決めた。
「今日一日過ごしてみて、思ったんだけど」
「……何?」
愛生がこちらを見た気がして、私も改めて愛生と向き合った。その目がとても真剣だったから、私は一度大きく深呼吸して、愛生の目を見てはっきりと言った。
「愛生ってバカなの⁉」
そう叫ばずにはいられなかった。
「へ?」
私の言葉に面食らったのか、愛生は固まってしまった。しかし、一度栓を開けてしまった以上途中で止めることはできない。私は内心の驚きを吹き出すサイダーのごとくまくしたてた。
「いやだから! バカなの? 朝から今この瞬間までさ。映画はすごくいい席事前に予約してある。内容も、恋愛映画って、甘すぎると初デートじゃむしろ気まずいし悲恋はもってのほかだけど、いい塩梅のベストチョイス! ランチは私の好物ばっちり抑えてお店選びもさりげないルート選択も完璧。しかも私が化粧室に行ってる間にちゃっかり支払いを済ませてる。それで買い食いのおやつも私の好物だった。そして夕日のタイミングで展望台にいられるように調整して二人で夕陽を見るって、何これ? なんの雑誌の企画なの?」
「……えっと、それのどこがバカなんだ?」
驚きに固まったままの愛生に、私は地団駄を踏んだ。
「だから、こんなの好きになるに決まってんでしょ!」
私がそう叫ぶと、固まったままだった愛生に困惑の色が浮かんだが、私は構わず言葉を続ける。
「私じゃなかったらイチコロだよ⁉」
「⁉」
私が高らかにそう宣言すると、愛生はまたしてもしばらく固まった。しかし、いきなりプッとふき出したかと思うと、腹を抱えて笑い始めた。
「あ、あはははははははは」
「え、なんで笑ってんの?」
今度はこちらが困惑する番だった。
「真剣に何を言うのかと思ったら」
笑いながら息も絶え絶えにそう言う愛生はどこか楽しそうで、悪意はないにしても、愛生のことを批判したはずなのに、私はますますわけがわからなくなった。
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