第4話 ゲームのような恋人関係

「わかる」


 私がそう言うと、茂木は静かにうなずいた。


「アロマンティックって言葉を聞いて、確かにそうかもって思う気持ちもあるけど。やっぱり『誰にも恋愛的に惹かれない』っていうのを認めるのは可能性を否定することのような気がするもん。それこそ、いつか〝運命の人〟が現れるかもしれないのに」


 『この人なら大丈夫なのではないか』と思って付き合ってみる。茂木も私も特徴は違うけれど、可能性にかけて努力してきたところは一緒なのだろう。


「うん。でもそれと同時に認めたら楽になったっていうのもある。『自分はもしかしたら異常なのかもしれない』って思いながら過ごすのは不安だった。でも、リスロマンティックって言葉を知って、ショックを受けた部分もあるけど、そういうラベルが存在して、自分以外にもそういう人がいるって知ったら安心できたんだ。異常じゃなくてただの特徴だって。特徴を知っていれば対策も立てられるからね」


 そう言った茂木の横顔はとても清々しいものだった。


「……もしかして、その対策が私なわけ?」


 すると、茂木は気持ちのいい笑顔を浮かべた。


「その通り!」


 その瞬間、クラリとめまいを起こした気がした。


「なるほどね。もし私がアロマンティックだったら、永遠の片思いが実現できるかもしれないもんね」


 突然付き合おうなどと、何か裏があるに違いないと思っていたが、やはりそうだった。期待していたわけではないけれど、ちょっぴり嬉しい気持ちもあったので、少なからず落胆した。


「茂木は私が好きだからじゃなくて条件に合うから付き合おうって言ったわけだ」


 すると茂木はニヤリと笑った。


「相手のことが好きじゃなくても付き合うなんて今更だろ?」


 恋人関係だからと言って、相思相愛とは限らないということは私が一番よくわかっている。だから何を今更という気もする。それでもお互いに恋愛感情がないというのは経験がないし、打算だけというところにどうにもモヤモヤした。


「それに、俺は割と比嘉のこと好きだよ」


「え」


 ところが茂木がまたしてもさらっと爆弾発言をしたので私の思考は停止する。


「いやまあ、ぞっこん好き好き大好きってわけじゃないけどさ。それに、俺にしかメリットがないように思うかもしれないけど、比嘉にだってメリットはあると思うよ?」


 その発言に首をかしげると、茂木は言葉を続ける。


「今まで温度差を理由に別れてただろ? 俺の場合、比嘉が俺に気持ちを返すことを望んでいないから、温度に差はできるかもしれないけど、それに比嘉が後ろめたさを感じる必要もないし、俺が耐えられなくなることもない。普段通り接してくれればいい一方で、恋人として楽しい時間は共有できる」


「ふむ」


 言われてみればその通りのような気もする。


 私は付き合っても想いを受け取るだけで返すことができないことに後ろめたさを感じていた。想いを返そう、返さなければと考えるほど苦しくなった。


 最初のうちは『それでもいいから』と言ってくれていた人も、待ち続けることに疲れてしまって、結局〝恋人〟のラベルがない友人関係の方が気楽だったという結論で終わった。


 そういう意味で、確かに茂木の言うことには納得できた。


「でも、もしかしたら私が茂木のこと好きになっちゃうかもよ?」


 私はまだ自分のことをアロマンティックと認めたわけではない。限りになくそうかもしれないけれど、そうではないかもしれない。


「その時はその時だろ。それで言ったら、俺も比嘉は例外かもしれないしさ」


 茂木はそう言って、挑発的に笑った。


 私がアロマンティックで、茂木がリスロマンティックだからこそ成り立つ関係。


 私がアロマンティックではなく茂木を好きになった時、あるいは茂木がリスロマンティックではなく私に想いを返してほしいと思った時、破綻する関係。


 それはちょっとゲームみたいだと思った。


「ま、何事も経験だもんね」


 私がそう言うと、茂木は少し真剣な顔になる。


「それは了承という意味だと思っていいの?」


 対して私はにっこりとほほ笑んだ。


「不束者ですが、よろしくお願いします」

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