第3話 『普通の恋愛』に憧れる

「ちょちょちょ、ちょっと待って。全然話についていけないんだけど」


 突然お前はLGBTだ、クィア研究(?)について卒論書こう、ついでに付き合ってくれと言われても。というか、付き合ってくれがついでなのか。とにかく情報量が多すぎて混乱してしまう。


「そうだな。まあ、一気に色々話過ぎたかもしれない。順番に話そう」


 そんな私の混乱をよそに、茂木は涼しい顔でそう言った。


「えっと、うん、そうだね。落ち着いてゆっくり話そう。まずは、リスロマンティック? アロマンティック? 私がLGBTなのか? ってことなんだけど」


 まずはそこから。そういうつもりでそう言ったのに、茂木はまたしても難解なことを言い始める。


「うん。まあ、LGBTは性的少数者の総称としても使われるけど、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字だから、それだけっぽく聞こえてあまり好きじゃないんだよね。俺はLGBTQ+もしくはクィアっていう方が好きだな」


 ただでさえ混乱しているのにまたしてもよくわからないことを言われ、私は痛む頭に手を添えた。


「えっと、それはわかったけどこれ以上新しい情報を出さないでもらえる?」


 すると、茂木は少し眉尻を下げた。


「あ、悪い。でも重要なことだからさ」


 謝ってはくれたけれど、そこは譲れないようだ。私にはよくわからないけれど、茂木にとってはとても重要なことらしい。そこで私はクィアという言葉を使って、先ほどの発言を繰り返した。


「うん、じゃあ、まずは私がクィアなのかどうかってこと」


 茂木は静かにうなずく。


「えっと、茂木はリスロマンティック(?)ってやつなんだよね? だから茂木もクィアってことなの?」


「うん。俺はリスロマンティックを自認してる」


 茂木はなんて事のないようにそう言った。


「それで茂木は私がアロマンティック(?)ってやつなんじゃないかと疑ってるんだよね?」


「うん。さっきの説明を聞いて、比嘉もそうだと思ったんじゃないの?」


 茂木の言っていることは事実だ。相手に恋愛的に惹かれることがない、もしくは惹かれてもその程度がごくごく少ないというのは私の特徴と一致する。けれども自分がLGBT改めクィアだと認めることはためらわれた。


「まあ、確かに私の特徴と一致すると思う部分もあるんだけど……。でも、今まで普通に生きてきたんだよ? 急にお前はクィアだって言われても……」


 もし、これが『あなたは某国のプリンセスです』とか『今日から君は魔法少女だ』という内容だったら受け入れられたのだろうか。


「それはクィアに対する偏見があるから?」


 その言葉にドキッとした。差別や偏見は良くないということはわかっている。しかし、受け入れられないのはクィアにネガティブなイメージがあるからではないかと聞かれると、完全に否定できない自分がいた。


「ま、気持ちはわかるよ。俺もそうだった」


 しかし、続いたその言葉に目を見開く。


「そうなの?」


 先ほどからあまりにもナチュラルに話をしているから、てっきり茂木は簡単に受け入れられたのかと思っていた。


「実はさ、『リスロマンティックなんじゃないの?』って、最後に付き合った恋人に言われたんだよね」


 私は話を促すように小さくうなずく。


「知ってると思うけど、俺、付き合っても長続きしなくて。相手のことを好きになって、振り向いてくれるように努力して、追いかけて追いかけて追いかけて。その間はすごく楽しいんだ。本当に幸せで、満ち足りてる。でも、相手が振り向いた瞬間に気持ち悪くなる」


 心なしか茂木の声のトーンが下がった気がした。


「ただ、『釣った魚にエサはやらない』ってよく言うだろ? だから俺も自分は普通なんだと思ってた。よくある物語と一緒だよ。『二人は結婚して幸せに暮らしました。おしまい』。俺にとっては付き合うまでが恋で、付き合った瞬間に終わりなんだ」


 そこで一度言葉を切ると、茂木は深く息を吐きだした。


「でも、俺も〝普通の恋愛〟っていうのがしてみたくてさ。〝運命の人〟なんていうのが表れて、その人のことだけは、例えその人が俺のことを好きになってくれても、俺が気持ち悪く思わずに済むんじゃないかって」


 茂木は代わる代わる相手が変わって、付き合いが長続きしない。それは飽き性なのかと思っていた。でも、茂木はそういう恋愛しかできない性質で、茂木なりにそのことに悩んでいたのだ。


「そんな時に言われたんだよ。『リスロマンティックなんじゃないのか』って。それで調べたら、確かに俺の特徴に合っているし、妙に納得した。でも、これを認めたら俺は永遠に〝普通の恋愛〟ってやつを経験できないんじゃないかと思ったら怖くてさ。認めたくない気持ちもあったんだ」


 その言葉は私の胸に深く突き刺さった。私がアロマンティックであるということを指摘されても受け入れ難く思う理由。それはクィアに対する偏見もあるのかもしれないけれど、同時に〝普通の恋愛〟に対する強い憧れなのだ。

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