第2話 永遠に片思いをしていたい

「茂木のことを好きにならない人?」


 それはどういう意味なのかと聞き返すと、茂木は私の瞳をジッと見つめた。


「リスロマンティックって知ってる?」


 伺うようなその視線に、しかし私は返せるものがなかった。


「リ、リスロマンティック? ごめん、知らない」


 すると、茂木は微笑を浮かべた。


「相手のことを好きになるけど、相手に好きと思われたくない人のこと」


「相手のことを好きになるけど、相手に好きと思われたくない……?」


 先ほどから言葉をオウム返しするしかない私に、茂木はさらに言葉を続けた。


「俺は俺に好意を抱く人を気持ち悪いと思ってしまう。こっちに気持ちがなければそれはそれで気持ち悪いし、こっちが好きになってアプローチして、でも相手が振り向いてくれた瞬間に気持ち悪くなる。蛙化現象とも呼ばれているけどね」


 何かとても重要な話だと分かってはいるけれど、私はうなずくことしかできなかった。


「好きになっても相手が好きになってくれた瞬間気持ち悪くなってしまうなんて、呪いみたいだと思わないか? 俺にとってはモテるってのは苦痛でしかないよ。それこそ蛙に群がられている気分」


 ある意味全世界の人間を敵に回しそうな言葉だけれど、もしそれが本当なら、それは確かに呪いと言えなくもないかもしれない。


「えっと、つまり茂木は永遠に片思いができる相手を探してるってこと?」


 私がそう言うと、茂木はクスっと笑った。


「うん、そうだね」


「……それは何というか、とても贅沢だし難しそうだね」


 思わず素直な感想を漏らしてしまって流石にまずいと思ったけれど、茂木はなぜかとても満足そうに笑った。


「本当にそう。でも、それは比嘉もだと思うよ」


「え、私?」


「うん。だって、比嘉は多分アロマンティックだろ?」


 また聞きなれない単語が飛び出してきた。そして、それが私に当てはまるという。私は内心の戸惑いを隠しつつ、またしてもオウム返しに聞き返した。


「アロマンティック?」


「相手に恋愛的に惹かれることがない、もしくは惹かれてもその程度がごくごく少ない人のこと」


 茂木がそう解説してくれる。


 確かに私は恋を知らない。そうかなと思えそうなときもあったけれど、恋をしていると自覚している友人や過去の恋人達の様子と自分が一緒の状態だと思えることはなかった。


 結局は仲の良い友達に〝恋人〟というラベルを張ったに過ぎないものだった。


「えっと、それは確かに私の特徴のような気がするけれど、さっきから何なの? 何かの用語?」


 そんなことを考えながら尋ねると、茂木はさらっと言葉を返す。


「全部クィアに関する用語だよ」


 しかしそう言われても何のことかわからない。私は眉間のしわを深くした。すると、そんな私に茂木はさらに説明を加える。


「クィア。もともとは『風変り』とか『奇妙』とか否定的な意味で使われていたけど、今はLGBTQ+を包括する肯定的な意味で使われている」


 その言葉に、私は驚きを隠せなかった。


「え、つまり私がLGBTってこと?」


 まさかそんなことがあるはずがない。今までそんな風に思ったことは一度だってないのだ。しかし私の受けた衝撃をよそに、茂木は言葉を続ける。


「LGBTはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字だけど、それ以外にもたくさんの性の在り方があるんだ。リスロマンティックしかり、アロマンティックしかり。そういう性の多様性を勉強する学問をクィア研究っていうんだけどさ」


 茂木はそこで一度言葉を切ると、不敵な笑みを浮かべた。


「比嘉、俺と一緒にクィア研究で卒論書かないか。あと、俺と付き合って」


 この時茂木がそう言わなかったら、私の選ぶ道は違っていたのだろうか。


 それは誰にも分からないけれど、確かにこれがすべての始まりだった。

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