チョコレートのラーメン
「チョコだと!? バカな! あのラーメンに、甘みなんてなかった!」
チェーン店オーナーの反応に対して、オレはチチチ、と指を揺らす。
「違うんだな。『モレ・デ・ポジョ』も知らんのか?」
「なんだその料理は?」
「スペイン語で、『鶏肉のチョコレートソース煮込み』のことさ」
チェーン店のオーナーが、顔をしかめた。
「辛味をつけたチョコレートソースを使うんだ」
モレ・デ・ポジョはスペイン語だが、メキシコ料理だ。
「知っているか? チョコレートはマヤ文明があった当時、『辛い飲み物』だったってことを」
唐辛子をすりつぶした、辛いドロドロした液体だったらしい。
「チョコが甘くなったのは、1500年以降なんだとよ。そんな情報、ゴディバのHPにだって載ってらあ」
「な、なるほど。で、それとこのラーメンとの関係は?」
「一見するとブラック系しょうゆラーメンだが、舌触りなどからチョコレートだとわかった」
大将はメキシコに旅行へ言ったという。
となると、『モレ・デ・ポジョ』に触れた可能性も高い。
あの辛味からすると、鶏肉チョコレート煮込みからヒントを得たのだろう。
「モレ・デ・ポジョはライスで食うんだが、あの大将はラーメンにしている。あっさりめに仕上げたんだろうな」
「ではどうして、大々的に宣伝しない?」
オーナーの言葉に、オレは手をヒラヒラさせた。
「ムリムリ。だって町中華だぜ?」
味に安定さを求める庶民に、そんな尖った料理の宣伝をしたって客は入らない。
濃いめのしょうゆラーメンと伝えたほうが、客も増えるだろう。
まして、開店は四〇年前、ネットすら普及していない。
広めようものなら、ゲテモノ呼ばわりだ。
冒険したくても、許される環境ではない。
「だから、言えなかったってのが真相だろうな」
「では、今から布教してしまえば」
「需要は出てくるはずだぜ。変わり種で売り込めば」
よし、とオーナーはやる気だ。
だが、オレは「あの店に客が殺到する本当の理由」は教えなかった。
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後日、チェーン店はここぞとばかりに新商品として、町中華の味を提供する。
一時期、店は大繁盛した。
だが数カ月後、チェーン店の方が売上が傾いている。
店を守れたのはオレのおかげだと、オレは過剰なおもてなしを町中華で受けていた。
そこへ、例の依頼人が。
「どういうことだ!? どうして町中華は潰れず、うちが潰れるんだ!?」
依頼人であるチェーン店のオーナーが、オレに詰め寄ってきた。
「お前、なにか企んでいたんじゃないのか!?」
オレの胸ぐらをつかみながら、チェーン店のオーナーは鼻息を荒くする。
「お望み通り、味は盗んでやった。『味』は、な」
「だったら、どうして客が一人も来なくなった!? なにか、細工をしたんだろ!?」
「違うね。ミスをしたのはあんただ」
「なに! では客が減った原因はなんだ!?」
まだわからねえのか。
「考えが甘いんだよ、オーナーさんよ。文字通り、チョコレートのように甘い」
「もったいぶるな!」
だったら教えてやろう。
「誰も望んでいないからさ」
大将は長年の努力で、キワモノ料理を庶民的な味にまで作りあげた。
この味は、町中華だからこそ成立する。
なにもわざわざ、チェーン店で出すようなものではない。
こいつは「他人を潰す」という快感に酔いしれて、「本当に客が求めているもの」に目を向けなかった。
だから、オレは言ったのだ。
「わざわざ、相手の技を盗む必要なんてない」
って。
「自分のスタイルで勝負すればよかったんだ。それなのにお前は、人を蹴落とすことしか頭になかった。客に愛想をつかされて当然だ」
「くそ!」
「それにお前は、大事なことを忘れている。この町中華に人が来ていた理由は、味じゃない」
「なんだと!?」
依頼人の店は、「さっと食ってさっと帰る」スタイルだった。
ビジネス街なのだ。時間がない。
パンチの効いたラーメンをバッと食べて、さっさと職場へ戻ってがんばる。
店員も、必要以上に愛想がなかった。
そこがかえって、過干渉過ぎなくてよかったのである。
一方、盗まれた側の店は積極的な接客こそ売りだったのだ。
どちらかというと、ここは「パチ客向け」の店である。
駅チカと言うより、「パチンコ屋の隣」として見なければいけなかった。
しかも、過剰なおもてなしなんて、チェーン店ではまず考えられないだろう。
客は早く帰りたいのに。
適材適所。その場所にはその場所の味があるのだ。
せっかくの客の入りを、こいつはドブに捨てたのである。
「オレは味こそ盗める。だがな、『客までは盗めねえ』んだよ」
「くそそおおおおお!」
盲目になっていたオーナーが悪い。
冷静な頭だったら、大事なのは客であるとわかっていただろう。
だからオレはわざと協力し、相手の目を曇らせたのである。
泥棒的に言えば、目を盗んだって言えばいいかな?
翌日、チェーン店のオーナーは不正がバレて退職させられた。
首がすげかわり、元の営業方針に切り替えたという。
オレはと言うと、依然として町中華でごちそうしてもらっている。
「ありがとうございます、
「オレは、何もしてねえ」
この味が損なわれる方が、この街にとって損失だったってだけ。
しかし、静寂を打ち破る扉の開閉音が。
「見つけたぞ! グルメハンター、
警察が、オレを嗅ぎつけてきやがった。
先頭では、「もっつぁん」こと「盛田レイラ」が、こちらを指差す。
はちきれんほどの巨乳を弾ませながら。
「快食紳士! 今度こそタイホだぁ!」
「へへ、そう簡単に捕まってたまるかっての! あばよ~もっつぁ~ん」
オレの味に対する探究心までは、盗ませねえよ。
「ありがとう怪盗さ~ん!」
看板娘が、オレに手を振ってくれる。
その度に、ブルンブルンと双丘が揺れた。
店が繁盛した理由は、あれなのだ!
「客が求めている本物のお宝」である。
オレの胃袋には、大きすぎらぁ。
(完)
チョコレートのラーメン ~怪盗の食卓~ 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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