チョコレートのラーメン ~怪盗の食卓~
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
快食紳士 三杯目《フライパン・ザ・フード》
オレは今、ラーメンチェーン店に閉じ込められている。
「ゲハハ、
オレは三杯目のラーメンをすすりながら、この店のオーナーの言葉を聞き流す。
今のオレは、ラーメンを食うことしか頭にない。
「警察の追っ手を逃れてこのラーメン屋に来たのが、運の尽きだな! 我々は、貴様の動向を探っていたのだ。結果、貴様はまんまと我々の罠にハマったというワケだよ!」
オーナーのおっさんが、得意げに語る。
話を聞く代わりに、おごりでラーメンを食っているところだ。
「聞けば、お前が盗むのは味。どんな味でも盗めて、再現ができるそうだな?」
「ああ。オレにできない料理の再現はないぜ」
オレは名店の味を自分の家で楽しむために、自慢の舌を使って味を再現するのだ。
どの食材が使われ、調味料がどう配分されているかも、ミリ単位で把握できる。
「お前に頼みがあるのだ。とある町中華の味を盗んでいただきたい」
「ほほう。チェーン店が目をつけるくらいだ! たいそうウマイんだろうな?」
「もちろん!」
そこは駅チカで立地が素晴らしく、ビジネス街だから客のサイクルもいい。
だが、どうしても立ち退かないのだそう。
脅しても、破格の値段交渉しても。
店主の娘によると、「この土地は先祖代々から守り通しているから」と。
「そこのラーメンの味を盗んで、価値をなくしたいと?」
「うむ」
ここの店も、味には絶対の自信があるが、客足で負けているという。
本人は立地のせいだと言っているが、場所が悪くてもそこそこ入っている方ではと思う。
おおかた、自分より目立っている店が気に食わないのだろう。
「あの味には、何かあると思うのだ! あの店の味を盗んで再現し、店の価値を下げる!」
「嫌だ、と言ったら?」
ナルトを食みながら、店長とにらみ合った。
「全国の店に、お前の顔写真を貼って、出禁にしてやる」
「うーん、それは困るな」
「だったら協力しろ」
そうは言うが。
「このご時世、外食できるってだけでありがたい。それなのに、相手のアイデアを奪って店を潰して自分は一儲けしようってのは、世間の反感を買うんでないかい?」
堅実に今の味を守ったほうがいいのでは、と思うけどね。
「私は、あの土地がほしいのだ! 気に食わないやつは潰す! それが私のポリシーである!」
うん、他人を蹴落とすことしか頭にないタイプなんだな。
「……わかった。ラーメンも食ったしな。協力してやる」
「おお、引き受けてくれるか!」
「味は盗んできてやる。ただし、どういう結果になろうともオレは関与しねえからな」
「もちろんだ! 金はいくらでも出すぞ!」
こうして、オレの調査は始まった。
「ますは敵情視察っと」
時刻は昼過ぎを回っている。
営業直後の空いている時間帯を狙って、相手の様子を伺う。
お目当ての店は、随分と寂れた町中華である。
令和の時代に取り残された、昭和感バリバリな雰囲気だ。
でも、入ってるな。ビジネス街だからか、男性客ばかりである。
パチンコ屋も近くにあるから、時間を見計らってギャンブル勢が食いに来ているのだろう。
ただ、開店前でも並んでいる様子はない。
いわゆる「行列のできるラーメン屋」ではないようだ。
「いらっしゃいませえ」
おさげの看板娘が、カウンターへオレを誘導した。
制服を着ているから、学校帰りなんだろう。
オレのテーブルに水を置く。
おお、すごい迫力。
今は令和だが、昭和生まれのオレがいうところの「カワイ子ちゃん」である。
いやはやそれにしても、彼女の両側にある肉まん、なにあれ?
「ラーメンライスと、ギョーザのセットをいただけるかい?」
「かしこまりました。おとーちゃん?」
娘がオーダーを通すと、大将が鍋を振り始めた。
大将の奥さんは、カウンターの奥様連中と談笑している。
会話しながら、手はギョーザを包んでいた。なんて器用な。
ああ、たしかにいい香りだ。
香辛料と、ニンニクの程よいムワッとした感じが。
たまらんね。
「おまたせしました」
早くね!? 40秒もかかってねえ!
これも、この味の秘密か?
あの早業、とても真似できそうにないが。
スープが黒い。麺の方も、やや黒みがかっている。
いわゆるブラックしょうゆラーメンだろうか?
あと、やたら器がでかい。
山盛りのもやし、キャベツ、ニンジンがひしめいていた。
「おい、オレは大盛りなんて頼んじゃいないぜ」
「それで小ですよ」
なんだと?
しかも、ライスまで小だとか。
……これは、やるしかねえ。
食うか食われるか。
この「
「いただきますっと」
しょうゆラーメンだ。
細麺、メンマ入りである。
ナルトが厚い。
細かく切った肉は、鶏肉だ。いわゆるバンバンジーか、ちょっと違うな。
しかし、どこかで食べたぞ。この味は。
「うん、うま」
ともかく、超うまい。
このピリ辛具合が、なんともいえないな。
町中華の皮を被っておきながら、どことなくエスニックだ。
旨味が、舌の奥を刺激する。
「オヤジ、この店を始める前はどこにいた?」
「メキシコに旅行したんだよ」
なるほど。となると、この黒いラーメンの正体は、あれだな。
まったく、手抜き感がない。秒でオーダーが来たってのに。
ラーメンの一杯に、人生が刻まれていた。
おそらく、四〇年くらい味を変えていない。それなのに、今でも通用できるようにこっそり成長しているんだろうな。
米との相性とか、最高すぎる。
マンガ盛りなのに、バクバクいけちゃうぜ。
手作りギョーザも、パリッパリで強烈だな。
舌を狂わせるので、オレは酒を飲まない。
そんな下戸のオレでも「このギョーザはビールに合いそうだ」と思わせる。
チェーン店のとは違った雑さが、たしかにあった。
それでも、徹底的に作り込まれている。
雑味はむしろ、米やギョーザに合わせるためのアクセントだったのか。
主食でありつつ、おかずとしても立ち上がる。
いろんな町中華を食ってみたが、これはこれでオンリーワンと言えるだろう。
「お水どうぞー」
看板娘が胸を弾ませながら、絶妙なタイミングで水を持ってきた。
「ああ、ありがとう」
ちょうど、味の濃さで水がほしいと思っていたところだ。
すごいな。他の客にも同様の接客をしている。
大将の人柄もいい。
子連れが相手なら、プリンのサービスまでしていた。
しかも、自家製じゃない。市販のものだ。大将の私物だろ、あれは。
いわゆる「おもてなし過剰だけどウマい店」ってやつだな、ここは。
最近、よくテレビで特集されるような店だ。
とはいえ、この料理の再現は朝飯前である。
オレの舌に、不可能はない。
もう、ダシの配分や調味料の適正分量は覚えた。
麺の硬さやチャーシューの仕入先まで、全部わかる。
「ごちそうさん。あ、そうだ。オレはこういうものだ」
オレはあえて、相手に名刺を渡した。
「アルセーヌ・フライパン。あなたが通称……快食紳士三杯目!」
「ああ。オレはどんな料理も再現できる、味泥棒さ」
「そんなドロボーさんが、どうしてこんなお店に?」
「実はワケアリでな」
オレが言うと、看板娘の少女が「ああ」と険しい顔になった。
「またあのチェーン店ね! おとーちゃんの店を潰しに来たのね?」
「まあ、そういうこった」
「ひどい! そんな人に接客するんじゃなかった!」
少女はオレに、塩の瓶を振り上げる。
イマドキの子なのに、リアクションまで昭和だな。
「まあ聞けや。オレは奴らに、あんたらの味を盗ませようと思う」
「え!? どうして!?」
「詳しく語るとな、ゴニョゴニョ……」
オレの話を聞いて、店主一家は納得した。
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数日後、オレは味を盗むことに成功する。
「あの店の味がわかったぜ。ありゃあ、チョコレートだ」
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