きゅんっっ

アオイソラ

第1話 チョコレートが溶けるほど恋したい

「今日めっちゃいい天気やなー」

「ねー! すっごい綺麗!!」

 リフトから見下ろせる青と白のコントラストに私は歓声を上げた。

 晴天の中舞う雪が光を放って

 キラキラ キラキラ

 ほんと、私はこの景色が好き。

 ふと視線を感じて左横を見ると、仏頂面の八王子がこっちを見ていた。


 同じイベントサークルの同回生、40人近くいる中では仲が良い方だ。

 たぶん気が合うんだと思う。

 自由参加型のイベントでも、良く一緒になるし、

 イベント中にこうやって顔を合わせても一緒にいることが苦ではない。

 男だってこともよく忘れてるくらい、

 なんていうか自然。

 最近は今みたいに二人でいることも多くなった。


「なにその表情かおー。さっきのセリフと全然合わないんだけど」

「別に。いくら景色キレイだからって景色ばっか見られてもな、てだけや」

「? 景色見なくて何見るの?」

 八王子は黙っている。

 首を傾げて言葉を待っていると八王子の真顔が近付いてきて

 グローブをはめた手が私の顔に触れた。

「ひゃっっ冷たっっっ」

 反射的に背けた顔に慌ててゴーグルを下ろす。

 びっくりした! なになになになになにっっ

 え?! 八王子って!

 そーゆうことなの?! え?!

 リフトがぐわんっぐわんっと揺れている。

「んだょ…」

 呟く声の主を、ゴーグルに添えた手のグローブ越しにこっそり覗き見る。

 グローブの太い指の隙間からは、また仏頂面の八王子が揺れていた。


 ロッジに戻って夕飯を食べた後、私は用意していたチョコレート菓子をサークルのみんなに配ることにした。

 今日はバレンタインデー。

 意中の人はいないけど、こういうのは参加して楽しんでおくに限る。

「えー? 八王子にあげるんじゃないの? 絶対付き合ってると思った」

 昨夜女子部屋ではさんざんツッコまれたけど

 そーゆうのではないんだもん。

 何も言われてないし、たぶん、女として見られてない。

 気の合う友達?

 昨日まではそう自信を持って言えた、けど。

 昼間のリフトでのことを思い出す。

 いや……でもなぁ……。


 ダイニングエリアにいるみんなにチョコレートを配り終えて、

 部屋へ戻ろうとロビーに通りかかった時、

 八王子がやって来た。

「あ、八王子にもあげるねー! ハッピーバレンタイン♪」

 八王子は受け取ったチョコレート菓子をしばらく眺めていた。

「何コレ、俺にだけくれるん?」

「なワケないじゃん、みんなに配ってるの。男の子も女の子も!」

「なんで? 配ってなんか良いことあるん?」

「うっわー八王子そーゆーつまんないこと言うのー? バレンタインデーなんだもん。イベントに乗っかった方が楽しいじゃん! ちゃんとホワイトデーにお返ししてよねー」

「あぁ、そうゆこと。お返しが欲しくてくれてる訳か。お返しは倍増なんやろ?」

 良かった、いつもの八王子だ。

 さらっと出来る赤裸々トークが楽しい。

「ま、そう言うこと!! さすが八王子、分かってるんじゃ~んっっ」

 私は可笑しさをこらえきれずに笑った。

「じゃあ、俺もコレやったら、お返しくれる?」

 八王子は受け取ったチョコレート菓子を差し出した。

「むーっ、貰ったチョコを返してくるとか反則なんだけど! そんな手使ってお返し何が欲しいの?」

「食わしてくんさい」

 八王子は私を真っ直ぐ見て言った。

「?? チョコを渡して、食べさせて欲しいってこと? なんか意味ないような……そのまま自分で食べるのと同じじゃん。あ! まさか『あ~ん』ってやって欲しいとか? じゃないでしょー?」

 八王子のキャラじゃないし、もし万一そうだったらそれはそれでめっちゃツッコミどころ!!

 私が楽しそうにケラケラと笑うと、八王子も我慢しきれないといった風にクスクス笑い始めた。

「お前ほんまに可愛いよな」

 え?

 八王子は笑いながら私の手を掴むと、チョコレート菓子を握らせて、自分の方へ引き寄せる。

「そんなんと違う。もっと……」

 いつもよりちょっと低めの声。

 色っぽい微笑みを帯びた真剣な表情。

「食わしてくんさい。めっちゃ好きやん」

 八王子にじっと見つめられて逃げられない。

 ……なんかヤバい。昼と同じやつ……これってもしかして、もしかして……

 手の中でチョコレートがたぶん溶けてる。甘い匂いがする。

「……チョコじゃないなら、何を……」

 問いかけて自分で自分を追い詰めてるよ、私。

 でも、はっきりさせたいのかもしれない。

 八王子が食べたいのは、八王子がめちゃ好きなのは……

 『お・ま・え』

 八王子は何も言わないけど、がそう言ってる。

 顔を少し赤くして照れながら、私のことを見つめ続けてる。

 ……食われるっ……


◆※※◆※※◆※※◆※※◆※※◆※※◆※※◆※※◆※※◆※※◆※※◆


 ほんまにあいつ鈍すぎやんっ。

 ずっとあいつが参加するイベント追っかけて

 イベント中もあいつのこと追っかけて

 二人でいい感じに話せてるやんって思ったら

 全然意識せぇへんし。


 昨日の夜も女どもでデカい声で

「何も言われてないし、たぶん、女として見られてない」

 って、どんだけ匂わして来たの気づいてなかったんっっ

 もーなぁっっもーっなぁーっっ

 そこも可愛過ぎやん! 絶対逃がさんし。



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