第251話 死神 -DEATH-(1)【⚠残酷描写有り】

 ──城塞内での戦闘。

 城の両サイドから城壁を越えてくる蟲は、野砲が効果的に駆逐。

 歩兵隊の近接武器による迎撃は、城の前後へと絞られた。

 城の後方を守るのは、歩兵隊の精鋭部隊に、イッカ、ステラ、フィルルをはじめとする受験者数名。


「ハアアアアアーッ!」


 覇気に満ちた声を上げながら、フィルルが両手に握る長剣を振り上げる。

 正面に位置していた通常個体の蟲、その両前脚が、付け根から同時に破断。

 鎌を下にして地に落ちる。

 ほぼ同時に、背後にいたステラが翅と針金蟲を続けざまに切断した──。


「……駆除完了。双剣でその剣圧、大したものです。フィルル」


「フン。あなたが動けなくした蟲を仕留めたところで、手柄にはなりませんわ」


 二人の前で絶命した蟲は、両中脚、両後脚がすべて膝から切断されている。

 ステラが一往復の動きで、立て続けに落としたもの。

 フィルルは死してなお開閉を続ける蟲の鎌を見下ろしながら、呼吸を整えた。


「……にしても、死骸が邪魔ですわね。倒した蟲が、そのまま鋭利な障害物……。まったく、あのいまいましい眼鏡女(※後述)との戦いを思いだしますわっ」


 イライラ気味に言葉を発したフィルル。

 ふと、その眼鏡女にまったく心当たりがないことに気づく。


「あらっ……ええと……? どなただったかしら……って、そんなことは、あとでゆっくり思いだしますわっ!」


 フィルルが左方、ステラが右方へ駆け、まだ兵がついていない蟲へ狙いを定めた。

 この二人は戦力として規格外なため、遊撃を任されている。


「……っ!?」


 蟲へと駆けるフィルルの細い瞳の端に、一組の交戦中の兵たちが引っかかった。

 対蟲用のフォーメーションを組んだ三人は、右前脚がない蟲を囲む。

 一見、戦いを優位に進めているように見える。

 しかしその場には、落としたであろう右前脚が見当たらなかった──。


「……なんだこいつ。新手のくせに、前脚が一本ないぞ?」

防火帯捕蟲陣で落とされてきたか、成長過程で失ったか……」

「どうでもいい! 手間が省けただけだ! すぐに仕留めるっ!」


 その蟲は、擬態部の顔に輝く銀髪を多く垂らした、目尻の上がった冷徹な顔つき。

 偏った長い前髪が右目を隠し、白い顔に赤いがんと赤い唇を爛々と輝かせる。

 蟲が左の鎌を、ゆらりと振り上げた。

 前方の女性兵二人は、それを受ける構え。

 太陽光を受けて鎌がギラリと光った瞬間、フィルルは進行方向を変え、女性兵たちの背を目指した──。


「受けてはダメっ! 下がって──」


 とっさにフィルルは長い腕を伸ばし、一人の女性兵の軍服、その腰のベルトを掴み、後方へと引き寄せる。

 次の瞬間、この戦場でいままで立ったことがなかった音が、鋭く響いた──。


 ──ギザシュッ!


 鋼鉄製の剣と、生身の肉体。

 それらがまとめて切断される音。

 隻腕の蟲の前に残された女性兵の体が、四つに分かれる。

 胸から上、胸から下、二の腕で切断された両腕。

 鎌のあまりの斬れ味の鋭さに、女性兵の胸から下は、いまだ地に立ったまま。

 蟲は胸部をかがめて腕脚で女性兵の亡骸を抱え上げ、喉にある大顎で遺体の脇腹を食み始める。

 女性兵の遺骸が傾き、バケツをひっくり返したように血が撒かれ、臓器がずるずると地へ伝い落ちる。

 フィルルは救出できた女性兵の背を盾に、その凄惨な様から目を背けた。


死神の鎌デスサイス……」


 そうつぶやき、女性兵の肩越しに、恐る恐る蟲へ視線を戻すフィルル。

 隻腕の蟲が持つ鎌には、通常個体が有するとげがない。

 恐怖でそのことに気づけない女性兵が、ぶるぶると喉を震わせながら呻く。


「あ、あの蟲……。剣を斬りやがった……。鋼鉄製の剣を……木の枝みたいにサクッと……」


「……斬撃に特化した、異例の個体イレギュラーのようですわね。鎌に棘がないということは、獲物を捕獲する気がない……ということ。加えて恐るべきは、あの隻腕が水平に可動した……という点ですわ」


「えっ……?」


「カマキリの鎌による攻撃は、通常は前後……。人間に掴まったときなどに上下へバタつかせることもありますが、攻撃態勢を取ってからの動きは基本前後。ですがあの蟲は、前脚を水平に振るいましたわ。前脚の可動域が……恐ろしく広いっ!」


 フィルルは腰を落としたままの女性兵を引きながら、あとずさり。

 いまだ遺骸をむ隻腕の蟲から間合いを取る。

 フィルルの隣へ、青い残像を描きながらステラが跳躍から降り立った。


「……溜めなしの居合斬り、といったところでしょうか。厄介ですね」


「ええ。わたくしの大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュを、予備動作なしで繰り出してくるようなものですわ。ああいう個体こそ、砲で駆除すべきですのに」


「恐らくは、砲がある城の両翼を避けて投入されたのでしょう。蟲なりに、作為を持って行動している……ということ、でしょうか」


 隻腕の蟲の間合いから避けんと、通常個体と交戦中の兵が距離を取る。

 必然、通常個体を囲うフォーメーションがいびつになり、攻撃の精度が下がる。

 それが士気低下に繋がり、場に響く掛け声が小さくなっていく。

 隻腕の蟲は、味見程度で捕食を止めて、女性兵の遺骸を地に捨てた。

 それをステラは目の端に見る。


「……戦況的に、後回しにはできぬ個体のようです。フィルル。あの蟲は、わたしが担当します。奴の背後へ回りこみ、援護してください」


「なにやら策がおありですの?」


「策と呼べるかどうか。むしろ、があります」


「……は?」


 理解不能な返答を受けて、フィルルが口紅鮮やかな口をぽかんと丸く開けた。

 ステラは常日ごろの真顔を崩さず、淡々と返答。


「奴を倒すモチベーションが、この場のだれよりも高い……とでも言いますか。では、援護をお願いします」


 青い残像を描いて、ステラが跳躍──。

 フィルルへ靴の裏を見せながら、宙を舞うステラ。

 それを見上げつつ蟲の背後へと駆けるフィルルが、声を上げた。


「あの蟲の鎌は、両刃ですわよっ! 振り返しでも斬られますっ! 注意なさいなっ!」


「わかっています。わたしがあの蟲を倒したい理由は、それです」


「……相変わらず、なにを考えているのか読めぬ女ですわ。ですが読めぬということは、わたくしの先を見据えているということ……チッ!」


 そう吐き捨てながらもフィルルは、腹の内をいっさい見せない好敵手ライバル・ステラに、ある種の信頼感を強く覚えていた──。



(※)「糸目令嬢剣戟譚」第054話 十六落命奇譚(11)参照

https://kakuyomu.jp/works/16817330649424280144/episodes/16817330650516457092

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