第250話 戦車 -CHARIOT-(2)

 ──防火帯捕蟲陣

 女帝の統率から外れ、目の前の顔や人肉を奪おうとする蟲。

 防火帯へ下りてしまい、左右の移動を制限されて戦姫團に攻められる蟲。

 いわばそんな「はぐれ蟲」を駆除するのが、いまはこの陣地の使命。

 増援と武器、物資の補給を得て士気が高いこの戦地に、ラネットとカナンの声が、城の屋上から届き続ける──。


「防火帯北東に通常個体2匹到達っ! 城南東部移動中の一群一部が、防火帯へ逸れる可能性ありっ!」


「お城……戦死者なしっ! 改良された砲が、いっぱい蟲倒してるよっ! また1匹……あっ、また2匹っ!」


 カナンの戦果報告へ、イクサが精神感応テレパシーで返答。


「こちらも戦死者なしっ! 苦戦中だが、そちらからの戦況報告で士気も高く、損耗は軽微っ! 鋼の蟲の動向に注意しながら、はぐれ蟲を駆除中っ!」


 女帝により、倒木の戒めを解かれた鋼の蟲。

 昨日動揺、防火帯捕蟲陣を周回し、通常個体の援護を続ける。

 その隙を突いて、一体の通常個体の両中脚、両後脚を切断した、副團長・ロミア率いる三位一体のフォーメーション。

 移動用の脚四本を失った蟲が、腹部の裏をべったりと地に着け、鎌を闇雲に振るうだけの据え物となる。

 とどめを刺さんと、樹上で弓を構えるムコ。

 それを、ロミアが声を上げて制止──。


「……待ってムコちゃん! こいつはそのままヨっ!」


「えっ!? なぜですっ?」


「移動できなくなった蟲で、鋼の蟲の進路を塞ぐワ! あいつは苦戦中の蟲を助けるよう移動してるっ! 半死の蟲2体の間に挟めれば、動きを止められるかもっ!」


「なるほどっ! わかりましたっ!」


 蟲から移動能力を奪い、生きる屍と化させて鋼の蟲を引きつける作戦。

 ロミアはこの残虐な策を、同胞を救うために迷わず取った。


(……倫理的には、問題アリアリでしょうけれどネ。四の五の言ってられないワ。大切な者を守るためなら……業はいくらでも背負うわヨ!)


 優しさと強さは、戦場では両立しにくいもの。

 情けは油断に繋がり、赦しは甘さに繋がる。

 副團長・ロミアには、そんなメンタルの振れ幅を制御できる芯の強さがあった。

 エルゼルの精神力を鋼とするなら、ロミアにはゴムのような柔軟性と弾力性があり、この二本柱が現在の戦姫團をしっかりと支えている──。


(鋼の蟲さえ封じられれば、この防火帯捕蟲陣に余裕が生まれる。より多くの蟲を引きつけられて、城を優位に……。あるいは、城へいくばくか兵を戻すことも……)


 移動不能に陥った蟲の前で、にわかに思案するロミア。

 瑠璃色のピアスが輝くその耳へ、樹上からムコの伝令が飛ぶ。


「鋼の蟲、半死の個体へ接近っ!」


 昨日の戦闘では、窮地の蟲のそばへと現れ、とどめを刺さんとする戦姫團を蹴散らした鋼の蟲。

 脚を多数失って、移動不能に陥った蟲のそばへと寄る。

 次の瞬間──。


 ──ザシュッ! ザシュッ!


「……あっ!」


 ロミアの目の前で、鋼の蟲が、移動不能の通常個体を背後から攻撃。

 地を這う低い姿勢から、蟲の腹部へ繰り返し鎌を突き刺す。

 通常個体は胸部を捻らせて背後を向き、鎌を振り下ろして本能的に反撃するも、鋼の蟲の硬い体表にはいっさい傷はつかない。

 やがて鋼の蟲は、通常個体の腹部を深くえぐり、蠱亜コアを破壊──。

 針金蟲を切断して絶命に至らせ、その死骸の上を悠々と越えていく。

 呆気に取られたロミアたちは、わきの森へ避難し、様子を見届けるしかなかった。


「鋼の蟲が……行動パターンを変えたっ!? まさか……城へっ!? イクサちゃん、このことすぐ城へ伝えてっ! 鋼の蟲には、砲弾が通じないノ! 城の戦況が、一変する恐れがあるワっ!」


「了解っ! カナン……鋼の蟲が、城へ向かった! 鋼の蟲には砲弾は通じないっ! 警戒を厳とするよう、城塞内へ伝達せよっ!」


「……それから、これもつけ加えてっ! 鋼の蟲の行動パターンが、急に変わった! もしかすると、城に指令を出してる存在がいるかもしれないっ!」


「了解っ! カナン、追加だ──」


 ──同時刻、城塞内。

 城壁の上に陣取った女帝が、長い触角を微妙に左右へと揺らす。

 眼下の戦闘を、巨大な複眼と、擬態部の人間の瞳で、冷静に観察──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る