第4話 随


「なに……するの……」


「君は自分の身体と一緒に死んでおくべきだった。なぜなら君を殺したくなるよう、妻を追い詰めたのは僕だからだ」


「嘘……」


「本当だ。妻が君を殺さなければ、僕が君を殺していた」


「でも、なぜわたしを……奥さんまで殺すの……」


「交通事故で休職している間、上司が自分の不祥事を僕がやったことになるよう工作していたんだ。そんな職場にいたって意味はない。自由に生きると決めた時、僕は君に掛けていた保険金のことを思いだしたんだ」


「それって、わたしが邪魔だってこと?」


「申し訳ないが、そういうことだ。君は僕に殺された後、廃屋に運ばれて建物ごと燃やされる。いつ殺すかまでは決めてなかったが、すでに遺書も用意してある」


「裏切者……」


 呼吸のままならなくなったわたしは、せり出した眼球で悪魔のような夫の顔を見つめた。


 首の骨が折られる直前、わたしは奥さんの身体を飛びだして夫の身体へと飛び込んだ。


 次の瞬間、わたしは前の『憑依』とは明らかに異なる奇妙な感覚を覚えた。


 ――ここはいったい?……真っ暗だわ。


 夫の身体の『内部』は驚いたことに周囲を閉ざされた『闇の牢獄』だった。

 すぐに体を支配できるものと思っていたわたしは大いに戸惑い、存在しない手足をばたつかせてもがいた。

 

 ――夫は……将馬さんは、どこ?


 わたしが本来の主である夫の『魂』に語りかけようとした、その時だった。ふいにどこからともなく不気味な含み笑いが聞こえ、わたしは思わず『魂』を強張らせた。


 ――ふふふ、よく来たわね、絵美さん。


 ――あなたは、誰?


 ――私は将馬の母親。これからあなたの義理の母になる女よ。


 ――先生のお母さま?どういうことなの?確かお母さまは二年前に亡くなったはず……


 わたしは闇の中でパニックに陥った。確かに夫の身体に入ったはずなのに、なぜ?


 ――確かに私は二年前に死んだわ。……でも、『魂』だけの存在になって息子の身体で今も暮らしているの。


 ――まさか、わたしと同じ事を……


 ――二年前、わたしはさっき殺された美名さんとひどい喧嘩をしたの。わたしが美名さんを刺し殺そうと包丁を持ちだしたら、将馬が止めて……突き飛ばされた拍子に頭を打ったんだけど、その時なぜか身体から抜けだして将馬の中に飛び込んでしまったの。


 ――じゃあ、わたしが将馬さんだと思って言葉を交わしていたのは、お母さま……


 ――そういうことになるわね。実は将馬の身体に入ってしばらくは、今のあなたと同じように自由に動くことができなかったの。でも将馬が事故に遭って昏睡状態に陥ってからは、わたしがあの子の代わりにこの身体を動かしてる。やはり親子だけあって、とてもスムーズに動かせてるわ。


 わたしは混乱し、同時に恐怖と吐き気を覚えた。こんなことがあっていいものだろうか。


――でもね、わたしも『魂』がそれなりの年のせいか、ずっと若い体を動かしてるとなんとなく疲れてしまうの。そんな時はあなたにこの身体を、少しだけ貸してあげてもいいわ。


 ――冗談は止めて、将馬さんの中から出て行ってもらえませんか。


 ――それは無理よ。これからあなたと私はずっと、将馬の寿命が尽きるまでここで『同居』するのよ。……ああでも、もしかしたらそのうち将馬が目を覚ますかもしれないし、そうなったら三人で仲良く暮らすことになるわね。楽しみだわ。


 まとわりつく義母の気配を『魂』全体で感じながら、わたしは文字通り、愛した男性と生涯添い遂げる暮らしが始まったことを悟った。


               〈了)




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みちづれ 五速 梁 @run_doc

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