第3話 婦


「いったい、何が起こってるんだ?」


「美名さんがわたしの部屋を訪ねてきたとき、わたしは本能的に「わたしを殺しに来たんだ」と思ったの。そして奥さんがわたしに薬を飲ませてベランダから突き落とそうとする直前、わたしは自分の身体から抜け出て奥さんの身体に飛びこんだの」


「そんな馬鹿な……」


「どうしてそんなことができたのか、自分でもわからない。ただ昔から何となく、自分にはそういうことができるんじゃないかって気はしていたの」


「美名は……妻はどうなったんだ」


「わたしが中に飛びこんだことで、奥さんの『魂』が身体から玉突きみたいに押し出されてわたしの身体に吸い込まれたの」


「じゃあ、美名の『魂』は……」


「そう、奥さんの『魂』は、わたしと一緒にこの世から消えてしまったというわけ」


「なぜそんなことを……」


「たぶん、わたしの無意識が新しい身体を欲しがっていたんだと思うわ」


「新しい身体を?」


「わたし――野崎絵美の身体は次々と入れ替わる母の彼氏に辱めを受け、汚れきっていたの。それに、亡くなる少し前に、お医者さんから「君の身体では子供は産めない」って言われてて、ちょうど身体を捨てるいいタイミングだったのよ」


「身体を捨てる……」


「だって、この身体だったらあなたに愛して貰えるでしょ?妻なんですもの。妻の身体と恋人の『魂』、両方を手に入れることで、これからはどっちを選ぶか悩まなくても済むわ」


 わたしは『妻』の顔で『夫』に艶然と微笑みかけた。わたしは夫の反応を興味深く待った。受けいれるか、逃げだすか。どちらにせよ、わたしにとってはこれがベストの選択なのだ。


「――その話、本当なんだな?」


 わたしは一瞬、首を傾げた。夫の反応は、わたしが予想していたうちのどれでもなかったからだ。


「本当よ」


 わたしがあらためで頷くと、夫は「そうか、それは都合がいい」と意味不明の呟きを漏らした。


「……どういう意味?」


 がらりと口調を変えた夫を訝しく思いながらわたしが問いかけた、その時だった。


「――うっ!」


 突然、夫がわたしの首に手をかけると、有無を言わさぬ力で締め上げ始めた。

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