全人類、猫となる──ニャ

杜侍音

ニャーン


 全人類は猫となった。


 俺一人を除いて。


 2022年2月22日。時刻は日本時間で22:22。

 何の前触れもなく、瞬きする間もなく、人は突如として猫へと変貌してしまった。


 アメリカン・ショートヘア、ロシアンブルー、マンチカン、チンチラ、ラグドール、サイベリアン、メイン・クーン、ノルウェージャン・フォレスト・キャット、スコティッシュ・フォールド──種類は違えど、猫も杓子も猫となった。

 最初は戸惑いや困惑、突然変身したわけだから事故が多発してしまい、世界が混乱に覆われてしまったが、いずれ人類は考えるのをやめて炬燵で丸くなり始めた。


 戦争だとか、異常気象だとかではない。こうも呆気なく人類の歴史は終止符を打ったのだった。


 そんな中で、ただ一人。俺は最後の人類として取り残されてしまった。

 どうして俺だけか。それは俺が重度の猫アレルギーだからだろう。

 ──そんなわけないって? 俺もそう思うが、現に俺だけ人間なんだ。そうでも思わないと自分を納得させられないんだ。


 そして2ヶ月と22日が経った。

 猫だらけの世界で、俺は一向にアレルギーを克服することはなく、クシャミや咳、全身の痒みと闘いながら、独り苦しく生き延びていた。

 家の食糧はとうの昔に尽きてしまい、猫しかいない街に出て、窃盗を繰り返す日々だった。いや、盗む相手がいないから犯罪とも言えないか。誰も俺を裁ける人はいないわけだし。

 猫も盗み食うし、足の早いものは腐っていくだけだから食べられるものは徐々に減っていく。

 頼れる大人も、未来ある子供もいない。家族も友人も、そして恋人も……みんな猫になってしまった。

 アレルギーのせいで触れることもできない。誰も俺のことを覚えていない。


 この世でたった一人。生きる目的も手段も見つからない。

 もう、死んでしまった方が楽なのではないか……。


 ふと頭に悲観的な考えがよぎった時だった。

 久しぶりに人の言葉が頭の中で聞こえる。


『──捜したぞ、最後の人間』

「人⁉︎」

『返事が種族名とは変わった人間だにゃ、お前』

「あ、え、あ……」


 久しぶりのコミュニケーションだから言葉が上手くまとまらない、わけではない。

 声を発しき存在が、目の前にいる猫であると気付いたからだ。しかもそいつは人間の真似事のように、後ろ足で立ち、前足は後ろで組んで偉そうにしている。


『戸惑っているようだにゃ、人間。我は猫総統。猫たちを統べるものにゃり』

「ね、猫総統……⁉︎ ね、猫のくせに何で人間の言葉を話してるんだよ!」

『テレパスを利用して、直接お前の頭の中にわざわざ話しかけているからにゃ。感謝しろ、人間』


 猫総統と名乗った猫は、ふてぶてしい顔をしたブチネコだった。頭には人間の軍曹が被る帽子、背後にはたくさんの猫を連れている。

 確かにこの猫の言うとおり、頭の中に声が響くが、耳には「ニャーニャー」と聞こえている。


「な、なんなんだよこの状況……。っ‼︎ もしかして、世界がこうなったのってお前ら猫の仕業なのか⁉︎」

『いや、我等はもしていない。こうなることは貴様ら人間が望み、必然となる未来だったのにゃ』

「人が、望んだ……⁉︎」

『そう、生物には周囲の環境に適するため、進化を行うことがある。これがその答え! 人間が猫に進化したのにゃ!』


 人間が猫に進化って……既にいる生物に変化するとか、そんなことハックション‼︎ くそ、目の前に猫がたくさんいるからアレルギーが……!


『テレパスだからにゃ。貴様の考えていることは肉球に取るように分かるにゃ。これは正当な進化にゃ。人類は日々の生きる生活に疲れ、猫のように自由に生きたいと願ったにゃ。これが望みの果てにゃ‼︎』

「望みの果てだとかで、クシュン。それだけで猫になるのは意味分からねぇだろ!」

『2022年2月22日22:22。このニャーが立ち並びし時に運命に確変が起こったのにゃ。さらに今年はネコ科の寅年! つまり猫の時にゃ!』


 それ当てはまんの日本だけじゃねぇか。干支があるのはアジアの一部だけだし、チベットとかタイでは猫年が存在してるし。


『さらに猫が犬の飼育数を超えたのも、猫が人類に受け入れられるための前準備なのにゃ』


 確かに猫を飼っている人は周りでも芸能人でも増えたし、ウザいくらいに猫グッズが街中に溢れている。

 猫アレルギーの俺からすると猫耳を見るだけでも、症状が出たことを思い出して不快になる。

 けど、そんなことだけで……!


『そういえば人間。我等がなぜわざわざここに赴いたか、理由は分かるかにゃ?』

「ま、まさか……」

『そう、お前も我等と同じ、猫にするためにゃ』


 猫総統が左手(前足)を挙げたのを合図に、取り巻きたちが俺の周りを囲んで行く。

 そんな一気に猫が来たら、くしゃみが……ハ、ハックション!


『可哀想な人間だにゃ。貴様だけ猫になれず取り残されるなんてにゃ。猫に心を許し、ネコと和解せよ‼︎』

「や、やめ、ハックシュン‼︎」

『200年後には全生命体が猫となる。20000年後には全概念が猫となる。壮大な計画の前に、貴様だけが人間であるとは許されないにゃ。貴様も猫として生きるのにゃー‼︎』

「う、うニャァァァ……」



   **



 吾輩は猫である。名前は──忘れてしまった。

 にゃ、にゃんとかして戻らないといけないのに、あ、あれ、に戻るんだっけニャ? 

 えっと、確か……。


 ピシュン! ピシュン!


 鼻がむず痒くて、クシャミがたくさん出る。


 えっと、あれ何考えてたっけ……。





 あぁ。


 まぁ、いいか。





 太陽があったかくて、考えるのをやめて寝た。


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全人類、猫となる──ニャ 杜侍音 @nekousagi

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