04:ニャンバーガー


「ヨウさん、グレイさん。ちょっとご相談があるのですが」


 コシュカが声を掛けてきたのは、開店準備を終えて少し空き時間ができたタイミングだった。

 準備はもう手慣れたもので、開店前に来てくれる人がいれば早めに店を開けることもあるほどだ。


「コシュカ、何かあったのか? もしかして体調が悪いとか?」


「私のことではないんですが。先日の新メニューの件で、少し思ったことがあったので」


「新メニューって、何かダメなモンでもあったか?」


「いえ、そうではないんですが……」


 俺は肩に乗せたヨルと共にコシュカの様子を窺っていたが、どうやら調子が悪いわけではないらしい。

 そのことに安心しつつ、新しく作成したメニュー表を見下ろす。


 提供を始めると常連客から瞬く間に噂が広まり、ここ数日は新メニューに興味を持って足を運んでくれている新規の客もいるほどだ。

 クレームを受けたりしたこともないし、特に問題があるとは思えないのだが。


「昨日、接客をしていた時なんですが。お客さんの中にもっと味付けの濃いメニューも追加してほしいとの要望がありまして」


「味付けが濃い……? ああ、なるほど。確かに、プレートも鍋も美味しいけど、どちらかというと薄味でヘルシー寄りだもんな」


「つーことは、ガッツリ系のメニューも必要ってことか」


「特に男性のお客さんは量が物足りなくて、追加で他のメニューを注文されている方もいました。なので、検討の余地はあるのではないかと」


 コシュカの言う通り、確かに女性客にはウケが良かったように思う。

 だが、男性客や食事量の多い客の場合には、しっかりと腹に溜まるメニューの方が喜ばれるのだろう。


「……この間、一回考えて没にしたメニューがあるんスけど。それを改良して作ってみてもいいスか?」


「ホントか? 頼もしいな、それじゃあ時間を見てまた試作してみてくれるか?」


「りょーかいです」


 店長なのに完成を待つしかないというのは不甲斐ない話ではあるが、グレイの料理に胃袋をすっかり掴まれている身としては純粋に楽しみでもある。

 得意分野は任せることにして、俺は今日もカフェの営業と猫たちの世話に全力を尽くすのみだ。



* * *



 そうして数日が経った日、グレイから遂に試作品が完成したと伝えられた。

 これまでの二品からも、恐らく猫に関係したビジュアルの料理であることは間違いないだろう。


 そんな予想をしながら料理の到着を待っていた俺は、提供された皿に目を輝かせることとなった。


「お待たせしました」


「うわ……! これ、本当にガッツリ系だな! しかも可愛いし、全部グレイが作ったんだよな?」


「そりゃ当然ですよ、厨房を任されてる以上妥協はしたくないんで」


「肉球がとても可愛いと思います」


 皿の上に乗っていたのは、猫の手の形をしたハンバーガーだった。

 こんがりと焼かれたバンズの表面には、ご丁寧に丸い形をした肉球までくっついている。

 具材がしっかりと挟まっているので、食べ応えがあることは一目で理解できた。


「ポテトが猫の顔になってるのも可愛いな」


「足跡も可愛らしいです」


「そこは一応、印章猫スタンプキャットを意識してみました」


 ハンバーガーの横には、猫の顔の形をしたフライドポテトが添えられている。

 皿の上には、交互にそこを歩いたようにケチャップとマヨネーズで足跡が描かれていた。

 印章猫スタンプキャットは、歩いた後に足跡が残る不思議な猫だ。ポテトに付ければ消えてしまうが、時間経過で足跡が消えるという特徴も意図的に盛り込んだのかもしれない。


「それじゃあ、早速いただきます」


 見た目は可愛いが、肝心なのは味だろう。

 俺は思い切り大きな口を開けて、バーガーに齧りついた。


「んん……! グレイ、これスゲー美味い!」


「マジすか」


「ん、美味しいです。味付けも濃くて、これまでの新メニューとはまるで違いますね」


 バンズの間に挟まっているのは、厚みのある肉だ。

 肉本来の旨味はもちろんだが、塩コショウで下味も付けられているのだろう。噛み締めるほどに溢れる肉汁と相俟あいまって、満足感が増していくような気がする。

 肉だけではなく、目玉焼きと二種類のチーズが使われているのも、食べ応えを増す手伝いになっているようだ。


「しっかり野菜も入ってるし、健康のことも気遣ってるぞって思えていいな」


「お肉やチーズの味が濃いですが、野菜がさっぱりしているので食べやすいです」


 厚めにスライスされたトマトに、レタスと玉ねぎも入っている。

 味の濃いものを食べているという罪悪感も、野菜が中和してくれているような気がした。

 バーベキューらしきソースも使われているのだが、基本は肉とチーズの味が主役となっており、邪魔をしすぎない配分になっている。


「これなら、物足りなかったお客さんも喜んでくださると思います」


「良かった。……ついでに、別バージョンも作ってみたんスけど。結構ボリュームあるから、食いたくても食いきれねえって場合もあると思うんで」


 そう言ってグレイが持ち出してきたのは、同じ猫の手の形をしたバーガーだ。

 けれど、明らかに違っているのは厚みとバンズ自体のサイズだった。


 先ほどのバーガーが大口で頬張るタイプだとすれば、こちらは上品に食べることもできるサイズだろう。

 小さなバーガーが二つ並べられており、使用されている食材は同じなのだが、圧倒的に食べやすいことがわかる。


「少食な人とか子どもとか、丁度いいサイズだな。作るのは大変だろうけど、両方採用ってことにしても大丈夫か?」


「もちろん、オレが言い出したことなんで。店長のオッケーさえ貰えりゃ提供しますよ。ただ、バンズが切れちまったら終了ですけど」


「これは事前に焼いて準備しておかないといけないですもんね。ですが、気に入ってくださる方は多いと思います」


「うん、俺もそう思う」


 こうして、カフェには『ニャンバーガー』を含めた合計三種類の新メニューが加わることとなった。


 これからもきっと、見たこともない猫と出会うこともあるのだろう。

 そんな猫になぞらえた料理を考案していくことを考えれば、調理担当者を増やすことも検討しておくべきなのだろうか?

 一定期間の区切りを設けて、提供するメニューを変えるのも良いかもしれない。


 そんな風にカフェの将来を思い描きながら、Smile Catの夜は今日も更けていくのだった。

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猫アレルギーだったアラサーの異世界転生もふもふスローライフ~猫カフェグルメ飯開発編~ 真霜ナオ @masimonao

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