寂しさの共鳴

さくや はなこ

寂しさの共鳴

ご時世タバコが吸える喫茶店は珍しい。

白いモヤがかかるヤニだらけの壁の手前、大学の喫煙所で馬鹿笑いしあった男が今子犬の様な目で私を見据えていた。


「俺、寂しいんだよ。」


返す言葉が無かった。

卒業してからもう6年も経ったと言うのに、まるで子供に戻った様なモノの言い方だ。

ネックウォーマーに顔を埋める様に俯いている。


「私も、寂しかったよ。」


当時マイルドセブンだったタバコはメビウスという名前に変わっている。ゆっくりと言葉と煙を吐き出した。


もしあの時に男が私を受け入れていたら、今2人の間にはもっと甘ったるいクリスマスの夜中の様な空気と言葉が漂っていたかもしれない。


いや、あるいは逃げたのは私の方かもしれない。


卒業後サークルの同期はみな就職のため地方へ散って行った。私とこの男も例外では無い。東京に留まった数人の仲間との、年末の恒例の飲み会も、ひとり、また一人と結婚し子供が出来て知らぬ間に無かったことの様にされていた。


そして、あれだけ仲が良いと思っていた奴らも、実際は私たちよりも仲が良い人達が居たのだと、離れてから思い知った。


悔し様な寂しい様な、少しの裏切りを孕んだ被害者意識の様なもの。

そして、まさに今目の前にいるこの男も私と同じ感覚になった一人だ。


そうやって小さな仲間の裏切りを双方に抱え、私たちは密かに連絡を取り合っていた。


その日の気持ちや出来事、仕事の愚痴、将来の話、一人でやってる新しい生活のこと。

沢山のコトを共有した。

ただ、地方に散った私たちは実際に会う時間を持つことが出来なかった。

きっと、ただそれだけの話だと私は思う。


過去に一度、会いたいと思ったことがある。

携帯に並んだ文字列のやりとりで、このやり場の無い寂しさに共鳴してしまったからだ。

そうする事で、私たちは報われる様な気がしたのかもしれない。


「会いに行ってもいい?」


そこから盛り上がったのは確かだった。

スノードームのキラキラした粒が舞う様な、いつかは落ちてしまうと分かっている事に期待した。

いつ来るのか、どこに泊まるのか。そんな話を散々した後、この男は言った。


「内緒の関係でいてな。」


私だって馬鹿では無い。それは触れなかっただけで、ずっとそこにあった違和感だった。


それなら私が今会いに行く事に、一体何の意味があるのだろうか。新卒の給料で一人暮らしの女には、虚しさを得る為に日本を横断する余裕は無かった。


誰にも言えない関係など、無いに等しいのだから。


そこから有耶無耶になった会話を最後に、連絡を取るのを辞めた。仕事が阿呆みたいに忙しかった事に感謝したし、小さな裏切りで瞼が震えた。なんて残酷なのだろうと思った。


そして性懲りも無く男は私の目の前にいる。

暖房の効いた店内は汗ばむ程なのに、指先だけが妙に冷たい。


あのやりとりが無ければ、今も2人で馬鹿笑い出来ただろうか。そう聞きたかった。でも辞めた。

仲間が集う飲み会で、こっそりテーブルの下で手を繋ぐ様な若さを求めているわけではない事を私は自覚していた。


数年ぶりの再会に、夜のBARではなく、昼間の喫茶店を指定した私を嫌いになれば良いと思う。そんな私を心の底から求めてくればもっと良いと思う。


「そろそろ仕事だから戻らないと」


私は渾身の笑顔で誰にでも言える様なずるい言い訳を放った。早くこの男の前から居なくなりなかったし、大声で愛を叫んで欲しかった。


男は俯いたまま目も合わせなかった。


喫茶店を出ると、どんよりと落ちそうな空から灰色の粒が地面を濡らしている。

コートの襟を合わせて出張用のキャリーを引く手に力を込める。


次に会う時には、お互いがもう少し寂しさから手を引けていたらいいのに。

そうすればもう会わなくて済むかもしれない。


7センチのヒールを鳴らし歩き出した。

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寂しさの共鳴 さくや はなこ @hanaco_thoth

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