第6話 玉ねぎに根を張る

 ───鬼玉葱音オニタマネギオン ラストインタビュー(一部抜粋)───

 鬼玉:四十半ば過ぎて現役の座を明け渡さないとなると、後がつかえちまうでさ。引退後はキャベツ畑のオーナーにでもなろうかと思っとる。

 編集者:キャベツ! 玉ねぎ畑ではなく? まさか、お子さんをキャベツ星人に育てるつもりとか?

 鬼玉:どこの星人が、かわいい我が子を星人にしようなんて思うかいな。あんただって、星人のなれの果ては知っとるだろうが。

 編集者:…ええ、まあ。を知ったのって、やっぱり星人講習会の契約の場なんですか?

 鬼玉:契約ったって、名前書いてサインするわけやないで。魂の契約ってやつは、暗い夢の森の洞窟で交わすのさ。星人には星人にしかわからない秘密があるでな。あんたら評論家連中には説明してもわからんよ。ところであんた、星人は人間の体に例えたらどの部位に相当するか、知っとるけえな?

 編集者:星というくらいですから、瞳じゃないんですか。キラキラお目目。

 鬼玉:ちげーよ。星マークって言ったら、肛門だべよ。ほれ、湯船のなかで屁ぇこいたら、ぼこぼこぼこと泡が出るだろ。くせえわな。なんでかって、世界がくせえからよ。腸管の内部ってのは内部じゃねえ。外部なのさ。肛門が、世界をひっくり返しとるんだ。だが肛門ってのは、穴だ。穴ってのはないものだ。ないのにあるのが穴よ。星もそうよ。あれは空に開いた穴なのさ。外部との通気孔ってやつ。肛門から出たガスは雲になる。雲は昼夜問わず星から月に送り込まれとる。月ってのは、ありゃ、でかい爆弾よ。引火したら太陽系もろとも吹っ飛ぶぜ? ところであんた、星人が最後はどうなるか知っとるけえな? 木よ。ツリー。星人の木ってのは、ありゃ星人のむくろだぜ?

 編集者:星人の死体? ほんとうに? 高校の修学旅行で星人の木を祀る祠を見学しましたけど、てっきり星人を祀っている場所に植えられた木の意味だとばかり…。

 鬼玉:まあ、おいらが木になったら参拝しに来てくれや。もっとも願いごとを唱えられたところで、聴く耳はありゃせんがな。うわっはははははは」

 (中略)─────────────



 鬼玉葱音が引退後農園を構えたのは、日本で一番キャベツの出荷生産高の多いラブリーワイフ高原だった。ラブリーワイフ高原のキャベツ農園では、毎年のように短期の住み込みバイトを募集している。求人誌の一覧に『鬼玉農園』の募集記事を見つけたときは、それこそ鳥肌ものだった。ちょうどアパートの契約が来月で満期だったから、大げさではなく運命を感じた。もっとも、時給が低く仕事内容がハードなわりに、農園の住み込みバイトは人気が高い。四、五十人に一人くらいの割合でしか採用されないようだ。高額の宝くじに当選する確率よりはマシだが、ちょっとしたオーディションを勝ち抜くほどの強運は必要かもしれない。

 善は急げとさっそく農園に送る履歴書を書いた。志望動機欄には、玉ねぎ星人を目指していることや伝説の玉ねぎ星人の元で働きたい気持ちを正直につづった。

 信じがたいことに、その願いは届いた。

「十年以上前にはあなたみたいなひともいたけど、最近はすっかり『あの人は今』状態になってしまってねえ」

 電話してきたのは葱音の娘だった。


 ラブリーワイフ高原には、都内から電車を乗り継いで五時間以上かかった。高原に近付くごとに電車の数が減るのと比例して、乗り継ぎの待合時間も長くなるせいだ。農園は最寄り駅から車で四十分以上かかる。バスはなく、車以外での移動手段はない。駅に着いたのは夜の七時過ぎで、駅舎入り口の電光掲示板には蛾やら甲虫類やらが飛び交っていた。待ち合わせ場所の駅前には、鬼玉葱音そのひとが迎えにきてくれるはずだった。

「その日はお休みでねえ、お父さんは朝から駅前でパチンコしてるからさ、時間は気にしなくていいよ」

 と娘さん(といっても四十代半ば頃のようだが)には言われていた。

 留守電に伝言を吹き込み、駅前のベンチで缶コーヒーを飲みながら時間をつぶした。

 冬にはスキー客らが利用するようだが、初夏の駅前は人通りもほとんどなく閑散としていた。しなびた大衆食堂と小さな商店と煙草屋しかなかった。パチンコ店も見当たらなかったが、郊外のモールにでも併設しているのだろう。(のちに知ったことだが、ラブリーワイフ高原にはそもそもモールなど存在しなかった)

 缶コーヒーを飲み終え、煙草を吸っていると、目の前に停車したおんぼろの軽ワゴンから、年季の入ったスカジャン、ジーンズ姿の男が降りてきた。革靴は最近買い換えたのか、それとも靴磨きでもしたのか、ピカピカだった。ていうか、そんなことはどうでもいい。キューピーオニオンズの野球帽を脱いだ瞬間、思わず缶コーヒーを吹き出した。

 仮に日本でハロウィンが流行っていたとしても、辺鄙な田舎の駅前でこんなバカげた仮装をする人間はいないはずだ。都会を追放された妖怪の末裔だと説明された方が、まだ信じたかもしれない。目の前に現れた男の頭部は、文字通り、巨大な玉ねぎだった。

「待たせたな。荷物は後ろに入れな」と玉ねぎ男は後部座席のドアをスライドさせた。勢い余って外れたドアはアスファルトに落下し、ガシャンと音を立てた。

「おっと、いけねえいけねえ。注意しねえとこの有様よ」と慣れた手つきでドアをはめ、「説明はあとだ。とりあえず乗れ」とおれのリュックをむんずと掴み、後部座席に放り投げた。

 車が発車しても、しばらく言葉が出なかった。こんなバカなことがあるだろうか。この運転手が、かの鬼玉葱音であることはまず間違いない。横目で見る限りでは、黒カビも発生していおらず、つやつやした綺麗な茶系の鱗葉だった。

「やっぱ、知らんかったんかいな」

 と鬼玉さんは煙草に火を着けた。頭以外は普通の人間だった。玉ねぎ頭には当然目も鼻も口もなかったが、煙草は口のあたりにすうと埋まっていた。その穴からすうと細い煙を吐いていた。

「あんた、玉ねぎ星人を目指してるんだってな。栄光の玉ねぎ星人も、行き着く先はこの有様よ。どうよ。それでも目指すか、おい」

 うわっはははと笑ったが、口は開かなかった。

(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玉ねぎ星人を目指して 音骨 @otobone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ