ウェザーニュース ⛄

上月くるを

ウェザーニュース ⛄



 大雪を警告していた天気予報は、うまいこと外れてくれたらしい。

 カーテンを開けると、残雪のうえの新雪はほんの数センチだった。


 それでも雪かきはしなければならないだろう。

 妻が「ご近所に出遅れては」と心配するから。


 心身が繊細だった妻は気圧の変化に敏感で、降雪の朝はことに神経を高ぶらせた。

 暗いうちからカリカリという雪かきの音が聞こえてくると、もう寝ていられない。

 夫が起きないと自分で身支度を始めるので、ミノルは渋々外へ出ることになった。


 あっちに気をつかいこっちに気をつかい、地域や親せきに気ばかりつかっていた。

 獅子身中の虫というのか、そんな性質が妻の命を縮めたような気がしてならない。


 けれど……ミノルはひそかに思ってみる。(´;ω;`)ウゥゥ

 あいつに最も気苦労をかけたやつは、このおれ自身だったのではなかったろうか。



      ****



 急逝したヨウコは高校の文芸部の後輩だった。🏫


 ふたりとも晩生おくてだったので、在学中はひそかに想い合うだけの初恋だった。

 卒業後の同窓会で再会し、ミノルから声をかけて交際が始まり、結婚した。



 子どもはいないが、幸福な夫婦だった……。💑


 日本中の男たちが企業戦士を強いられた時代、どこの会社でも連日深夜までの残業が当たり前だったし、仕事や接待にかこつけて、夜の街を飲み歩くことも多かった。



 その間、ヨウコはひとりで家を守っていた。🏠


 深夜遅く、やにくさい背広で帰宅して、ほとんど会話もせずに、風呂に入って寝る。

 読む本はといえば仕事に直接役立つハウツーものばかり、小説なんかはさっぱり。



 気づけばそんな生活が何十年も続いていた。🌠


 人づきあいが苦手なヨウコが、その間、ひとりでどんな時間を過ごしていたのか。

 胸中の孤独をどう飼い慣らしていたのか、夫の自分は考えてみたこともなかった。



       ****



 いつものカフェにはいつもの顔ぶれがいた。☕


 ワンコインの名古屋式モーニングを目当てに通う、ミノルと同年代の男女数人。

 それぞれ本や新聞、スマホ、タブレットなどを持参の「おひとりさま」ばかり。


 斜向かいの女性とも挨拶どころか会釈すら交わさないのが不文律になっている。

 その人が熱中していた本からふと顔を上げて、日が差し始めた南の窓を眺めた。



 とうとつにミノルの胸がどっと音を立てる。💚


 愁いを含んだ眼差しが、ミノルの定年を待つように逝った妻にそっくりだった。

 そういえば、ヨウコも「たまにカフェに行くの」と言っていたような気がする。



 なぜ、もっと話を聴いてやれなかったのか。🍂


 なにか言いたそうにしている妻が疎ましく、多忙を理由にベッドで背を向けた。

 食わせてやっていると言いたげな夫を、ヨウコはどんな気持ちで見ていたのか。



       ****



 昨日、観た映画のカットがよみがえった。🎦


 言いかけた言葉を吞みこんで逝った女房への後悔は、ミノル自身のものだった。

 逃げてばかりの夫をどう思っていたのか、いまとなっては知る由もないが……。


 そういえば、妻は「ネット小説を書いている」とも言っていたような気がする。

 あれもサイン、それも相当に切羽詰まったSOSだったのかも知れないのに……。



       🍃 🍂




 矛盾と葛藤のかたまりを……

 人間という存在を、あなたは

 丸ごと受け入れられるのか?



 3時間を費やして描かれた映画のテーマは、ただその一事だったような気がする。

 企業戦士を誇った時代の自分なら、なにを阿呆らしいと嗤い飛ばしていただろう。


 けれど、ただその一事を言わんがために、文芸や映画という芸術が存在するのだ。

 本能を満たす金や物だけでは、人の心に豊潤な花を咲かせることはできないのだ。



 帰ったら、妻のネット小説を探してみよう。💻


 ペンネームもパスワードも、手がかりはなにも残されていないが(いや、たぶん、知らされたのにウッチャッテおいたのだろう)闇雲に検索すれば何とかなるだろう。


 果たして妻はどのような物語を紡いで、どんな読者がついていてくれたのだろう。

 久しぶりの胸のトキメキは、甘酸っぱかったヨウコとの初恋に似ていなくもない。

 

 


 

 

 


 


 

 

 




 


 


 


 

 


 


 


 

 

 

 

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