42 理解者ですが?
暗闇の布団の中、DS版のド〇クエをプレイしている深ノ宮 霰はいつにもまして不機嫌であった。
弟、深ノ宮佐一に無理やり六時に起こされ、あれよあれよと仕度をさせられ七時ジャスト登校。
いつもは予鈴が鳴る五分~三分前、遅刻ギリギリに合わせるように弟が仕度をしてくれるのだが今日は違った。登校してくる生徒が段々と多くなる時間に行動させられてので、弟の陰に隠れながら目立たないよう影を薄くして登校した。
僕が人間怖いの分かっているのに、意地悪か!? 弟に限ってそんなことしないと思うのだが。
せめてこの行動の理由をちゃんと説明してほしかったな。
だから今から行うのはボイコットだ。午前中の授業頑張って全部出たし、午後はサボっても文句は言われたくない。
プンスカと怒り、こんなことを内心思っているが、こうしていれば佐一がやってきてくれると思っていた。
優しく『ごめんね』って言ってもらって、また一緒に土日に沢山ゲームするんだ。
そう思いながらゲームをしているとカーテンの開く音が聞こえた。
来た!!と内心喜んだのもつかの間、喋りかけてきた声は佐一ではなく。
「深ノ宮さん。ちょっといいかな?」
布団を上げなくてもわかる、このまったりとしている女性の声は保険の先生だということに。
何故? 何故に先生が?
カーテンが開き、話しかけてきた人物は佐一ではないことに気づいた瞬間、セーブをする間もなくゲームを消し、しっかりと布団を握りこみ、防御を固める。
『ちょっといいかな』って何? 怒られるのか? やはり先生として見過ごせないのか?
色んな言葉が頭をよぎる深ノ宮 霰の体は震えだし、布団越しでも分かるほど小刻みに震えていた。
「あぁ~怖がらないで。私は少し雑談をしに来ただけで、深ノ宮さんを無理やり引っ張り出して授業に差し出すとか絶対にしないからさ、ね」
「……(ぶるぶるぶる)」
雑談とか全然望んでませんから!? 早く所定の位置に戻ってくださぁいぃ。
「ん~やっぱり対話は難しいか……よし、じゃあ単刀直入に用件だけ。佐一君、用事があって来られなさそうなんだ」
来られない用事? ……今朝の行動が関係しているのかな。でも何で保険の先生が弟の用事を知ってているのだろうか。
弟の性格上何でも言う性格じゃないと分かっている霰は小さな言葉を無意識に口にしていた。
「……嘘つき」
やってしまった。
失言に気づいたときには、顔中蒼白で冷や汗を流していた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、違う、ああああごめんなさい。
頭の中いっぱいに広がる文字の山、完全にパニック状態に陥ってしまう。
そんな霰に対して落ち着かせるよう、布団越しに背中に手を置きゆっくりとなでる。
「深ノ宮さんの言う通り佐一君が『来られない』とは聞いていないんだよね」
怒るどころか、優しく包み込むような言葉をかけてくれる。
「私、佐一君にあなたの様子を見るように頼まれていて、本当は今の状況になったら速やかに佐一君に連絡するって事になってたんだけど、私個人の感情を優先しちゃって。本当にごめんね、深ノ宮さん」
『姉さん、大丈夫です自分がいます』
その行動が過去記憶を呼び起こし、泣きじゃくる僕に唯一手を差し伸べてくれた佐一の言動と重なって、霰はゆっくりと落ち着きを取り戻してゆく。
数秒なのか数分なのか分からないほど時間が立ち、完全に落ち着きを取り戻した霰は何だか急にこの状況が恥ずかしくなり自分の意思で保険の先生に向かって小さくつぶやいた。
「……あの」
「ん?」
「……そろそろ……やめてほしい……です」
「あっ、ご、ごめんねえ、撫でられるの嫌だった?」
「……(コク)」
実際にはすごく助かったのだが、そんなの恥ずかしすぎて言えない。
「「……」」
微妙な空気、数秒無言の時間が続いたのだが。最初に口を開いたのは思いもよらず霰の方だった。
「何で……その……弟を、呼ばないん……ですか? 個人的な感情……って……話してた……ましたけど」
たどたどしい変な敬語にも何も言わない鴻だが霰の方から話しかけてきてくれたことに驚き、返事に数秒かけてしまっても口調は変わらなかった。
「佐一君が独り身で頼りない私に頼るぐらいだから、今も頑張ってるのかな~邪魔しちゃいけないな~って思ってね」
……この人も、この人なりに考えているのか。人間なんて佐一以外皆馬鹿で頼りないと思っていたのに。
「でね、深ノ宮さんに尋ねたいんだけど。午後の授業どうしたい? 佐一君はサボりは駄目だって言っていたけど」
鴻は今なら話しかけても大丈夫だと確信し一歩踏み込んだ質問を霰にする。
「どっちの答えても大丈夫、私が何とかするから」
布団を少し開けて。保険の先生を見る。
胸を張り、まっすぐ布団を見つめる先生の姿。
佐一に対する不機嫌な感情はいつの間にか消えて授業をサボるという考えは消えていたのだが、胸を締め付けるようなグッという気持ちが残っていた。
どうしたらいいのか、分からない霰は。
「……行きません」
逃げる選択をする。
「分かった。じゃあ担任の先生に私から伝えておくから、深ノ宮さんはゆっくりしててね」
信じちゃ駄目だ、優しさなんて今見せているだけ。
『霰ちゃん、一緒に遊ぼ‼』
人間なんて、すぐに変わってしまうことを霰が一番よく知っている。
『……ぷっ、あはは、霰ってキモチ悪い』
保険の先生が出て行ったあと一度は布団から出てみようと立ち上がることを試みるが、『友達だった物』の記憶が呼び起こされ、再び布団をかぶりゲームの電源をつける霰であった。
少しでも早く忘れるために。
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