第22話 22、神聖マロン帝国
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三本と千の「神聖マロン帝国」は領土を拡張していった。
最初はパトロール艇が並べられた砂浜から東西南北10㎞に銀色の柱が立てられた。
銀色の柱は地上1000mまで伸びていた。
三本は銀色の柱に触りながら千に聞いた。
「千さん、この銀色の柱は何ですか。えらく硬くて冷たい金属のように感じる。」
「これはルテチウム・ローレンシウム1:1合金です。比重は500近くあります。」
「とてつもなく重い金属ですね。何のためですか。」
「7次元シールドを張るためです。私も良く知りませんが、この金属は7次元位相界に顔を出しているそうです。この柱を電極として電場をかけると柱で囲まれた空間に7次元シールドが張られるそうです。宇宙船にもこの金属の細線が張られております。」
「この柱の内側には何者も入って来られないわけですね。」
「そうです。神聖マロン帝国の領土ですね、先生。もちろん出入り口用の門はつけることができます。これで神聖マロン帝国は核兵器で攻撃されても大丈夫です。たとえ分子分解砲でマロン星が消されてもこの空間だけは無傷で存在できます。」
「それは安心ですね。ナロン連合の首脳が一か八かの決断をしてここを核攻撃することもありそうですからね。とにかく軍事基地を守ることもできずに攻撃されたのです。悔し涙を流すか怒りで怒髪天を突いているのかもしれません。」
ロボット兵は7次元シールドの外側を巡回した。
そして7次元シールドに近づくナロン人を排斥した。
排斥の対象には海岸沿いのバンガロー風の瀟洒(しょうしゃ)な別荘も含まれており、ナロン連合の偵察機も国境への接近を許さなかった。
当然、諍(いさか)いは各所で起こった。
そしてその争いは全てロボット軍団の勝利に終わった。
別荘と銃を発射した人間はロボットたちの分子分解銃で消され、偵察機は最初の一機が瞬時に消された後は近づいて来なくなった。
一週間ほど経って神聖マロン帝国の国境近くからナロン人は居なくなった。
そして銀色の柱はさらに10㎞広げられ、神聖マロン帝国は半径が20㎞の円形の領土領海を支配する国になった。
20機のパトロール艇の乗組員100名を投げ捨てた10㎞沖合の小島にはナロン人はいなくなっていた。
ロボットに拉致された乗組員の中に無線機を持っていた者が居たのかもしれない。
とにかく神聖マロン帝国にとっては手間が省けて丁度良かった。
他人の国の中に国を作るには大義が必要だ。
その大義がたとえ屁理屈であったとしても、相手国内に国を作るには名目が必要だ。
神聖マロン帝国の中心は砂浜に並べられた20機のナロン国の哨戒艦だった。
それらの哨戒艦に不意打ち的に銃撃されたのでそのようなことを防ぐために主権を持つ国を作ったというのが名目だった。
そのような暴挙を防ぐためには国境を広げて哨戒艇の侵入を早期に探知しなければならないという屁理屈だ。
20機のナロン国哨戒艦は神聖マロン帝国を広げるための重要な宝として雨ざらしにされたまま厳重に保管された。
一週間ごとに領土を10㎞ずつ広げて行った神聖マロン帝国ではあったが領土拡張は新しくできた円形の湾を越えたところで止まった。
その湾は泥水の湾から透明な青い湾に変わりつつあった。
神聖マロン帝国は半径が50㎞の円形となった。
これ以上広げると屁理屈も通らなくなる。
神聖マロン帝国国境の外側を巡回警備するロボットは急速にマロン語を学びつつあった。
三本とニュートとの会話でマロン語の基本用法が分かったので取り敢えずの通訳ソフトが作られ、ロボット兵の人工知能に入力された。
ロボットは太い尻尾を持つマロン人と出会うとテレキネシスで軽く拘束し、拙(つたな)い会話で「危害は与えない」と話しかけ、「見えない障害を通り過ぎたければ通してやる」と言った。
その時の会話の経験は大隊全体で共有されたのでマロン人の語彙の蓄積は容易となった。
暫くするとロボットは日常会話に必要なマロン語を話せるようになった。
もちろんロボットはナロン通訳ソフトが入力されていたのでナロン語も話せた。
三本と千はどちらも話せなかった。
ナロン連合は三本と千の支配領域の拡張に切歯扼腕(せっしやくわん)したが、負けることが分かっている争いをなるべくしたくはなかった。
そして支配領域の拡大がパトロール基地跡で止まったことに安堵した。
攻撃した相手の基地を占領することは良くあることだ。
言ってみれば戦時のルールに合っている。
ナロン連合は次第に茹(ゆ)でガエルの状態になって行った。
ロボット大隊長は1中隊にパトロール艇の排除を命じた。
大まかな命令だった。
ロボット中隊長は部下の10小隊にパトロール艇基地にあるパトロール艇の消去を命じた。
ロボット中隊の111体は曇り空の深夜、一つのパトロール基地を襲撃した。
当該基地の詳細な配置図はミミーによる実時間観測で詳細に作られており、全ロボット兵士はその配置を知っていた。
透明シールドを纏(まと)った暗黒外殻のロボット兵は空から遷移して侵入し、小隊ごとに割り当てられた作戦を忠実に実行し、わずか数分で遷移していなくなった。
基地には警報は鳴らず、基地は静まったままだった。
監視カメラには何も写っておらず、一人の歩哨も気がつかず、そして殺されなかった。
翌朝、全ての航空機が消えていることが分かった。
格納庫の飛行機も、工場の修理中の飛行機も、クレーンやジャッキなどの大型の道具も工具も全て綺麗に消えていた。
どこにも運び出した跡がなかったので消されたのだろうと推測した。
そして自分たちもいつ何時(なんどき)道具と同じように消されるかもしれないと慄(おのの)いた。
ロボット大隊長からパトロール基地の襲撃の報告を受けた千は大隊長に質問した。
「大隊長、今回は命令通り航空機を消したのだが、航空機を奪うことはできそうか。やがてこの星は神聖マロン帝国となる。住民はマロン人となる。その場合、航空機や道具が貴重な資産になる。消すより盗み出して保管しておいた方がいい。基地の人間を殺して基地を奪ってもマロン人はまだその基地を営むことは難しい。まだ慣れていない。時間がかかるのだ。」
「奪うことは簡単です、千様。森の地下に盗品の集積場を作ってもよろしいでしょうか。」
「許可する。作れ。」
「了解しました、千様。」
ロボット中隊は泥棒中隊になった。
地球でも政府から海賊の許可をもらった私掠船(しりゃくせん)があった。
敵国の財産を奪う事は自国には有利になると言うわけだ。
イギリスはそのような幾分不名誉なことを平気でする。
神聖マロン帝国もそうした。
国は便利だ。
泥棒集団も国を作れば泥棒は合法だ。
悪の集団も国を作れば悪事は合法だ。
国家間には法律はない。
そして惑星国家間にも法律はない。
力があれば国ができる。
公掠部隊となったロボット中隊はマロン星に点在するパトロール基地を一つ一つ空(から)にして行った。
深夜、暗黒外殻で、透明シールドを被り、室内に遷移し、暗闇の中で飛行機や工具を盗み出して行った。
何枚もの浮遊パネルを用意して飛行機や工具をその上に載せ、屋根を消して夜空に消えて行った。
熱センサーで明かりが点く事もあったが、照明はすぐさま消された。
感のいい歩哨が変事に気がついた事もあったが、歩哨は銃を持ったまま証拠なく消されていなくなった。
公掠ロボット部隊の活躍で一ヶ月後には格納庫に駐機されていたパトロール艇はマロン星からなくなった。
ナロン連合は補充のパトロール艇をマロン星に送らなかった。
犯人は分かっているし、補充のパトロール艇を送ってもすぐさま奪われてしまうだろう。
三本という異星人は自分に銃撃を加えたパトロール艇をマロン星から無くそうとしているのだろう。
そしてそれはパトロール艇を送らなければすぐに終わるだろう。
超空間ビーコンの場所をできる限り早く聞き出さなければならないのだ。
ナロン連合の防衛司令部は歯ぎしりして悔しがった。
既に消されているが愚かなパトロール隊員のせいでこんな状態になった。
西部の荒野の騎兵隊砦から馬がいなくなれば、その哨戒範囲は極端に狭くなる。
マロン星のリゾート地は次第に安心できない場所になっていった。
リゾート客はマロン星に来なくなり、滞在客も安全なナロン星に戻って行った。
海岸に近い森の端に建っていた別荘の住人も時々飛んで来る暗黒のロボット兵にじっと観測されると別荘を畳んで母国に帰ろうという気持ちになった。
森の端ではなく森の中の小高い丘に建てられた警備が厳重な建物の住民は愚かにも暗黒のロボットに向けて発砲し、一瞬で建物と警備兵もろとも消された。
その住民にとってはいつもマロン人にやっている事だったのだ。
三本と千は楽しい時を過ごしていた。
山頂に降り立ったり、遠浅の入り江で遊んだり、鬱蒼(うっそう)とした森を探検した。
半径50㎞の広さは毎日を遊んで過ごすには十分な広さだった。
毎日を楽しむことができる美しい風景の土地があり、そこは核攻撃にも耐えることができる7次元シールドで覆われている安全な土地だった。
少し退屈だったが三本と千はただ待つだけだった。
時が経てばやがてナロン人はマロン星から居なくなり、マロン星はマロン人の星になる。
小さな国土の「神聖マロン帝国」があればそうなる。
もともとマロン星はナロン人にとって生きるために必須の星ではなかった。
リゾート星にしたことから分かる。
しばらくしてタロン5号のルロス艦長から連絡を求める要請があった。
三本が対応した。
「こんにちわ、ルロス艦長。進展はありましたか。今日は何のご用でしょうか。」
「ナロン連合の首長との会談は頓挫しております。ナロン連合の大統領はマロン星に来ることを望んでおりません。」
「まあ別にそれでも構いません。もともとそちらの大統領が面会を望んだことでしたから。私は気にして居ないとお伝えください。」
「あのー、超空間ビーコンはまだ発信されているのでしょうか。」
「私には分かりません。最近は気にかけておりませんでしたから。知りたいですか。」
「ぜひ教えてください。」
「了解。しばし会話を中断します。聞いてみますから。応答中断。・・・ミミーさん、ビーコンに変化がありますか。」
「変化はありません、三本様。」
「了解。連絡を開始してください。ルロス艦長と話します。」
「了解。接続完了。」
「ナロン連合哨戒艦タロン5号ルロス艦長。こちら神聖マロン帝国の川本三本。聞こえますか。」
「こちらルロス。聞こえます。」
「今確かめたところ超空間ビーコンはまだ変わらず発信されているそうです。」
「そうでしたか。発信を止めたいと思います。正確な場所は判りませんでしょうか。」
「ナロン星に近づかなければ正確な場所は判りません。現在ナロン星は太陽を衝(しょう)とした位置にあります。超空間ビーコンはそんな状態でも変わらず受信できております。物体は妨げにはならないのです。三角測量すればおよその位置は分かります。でも一番確実なのはナロン星に近づくことです。」
「どうしてそんなものがナロン星から発信されるようになったのでしょうか。」
「分かりません。もちろん最初からあったとは思えません。ナロン連合がこれまで異星人が来たことがないのなら、それは最近外から持ち込まれたのだと思います。超空間ビーコンのエネルギーセルの寿命は長いでしょうから。それに緊急用ですから丈夫にできていると思います。・・・実は私はまだ実際の物は見たことがありません。・・・ナロン星に最近外からきたものだとしたら、遊星攻撃に使われた小惑星ですか。たまたま小惑星に付いていたのかもしれませんね。惑星との衝突にも壊れなかった可能性があります。」
「もしそうだったとすれば破片は四方に飛び散りましたから探すのは大変です。やはり三本さんに来てもらわなければ分かりませんね。」
「そうかもしれません。マロン星はナロン連合が誇るリゾート星だけあって景色が良くて快適なんです。こちらの生活に飽きたらナロン星の捜索に協力するかもしれません。」
「分かりました。仕方がないですね。」
ルロス艦長との応答が終わると三本は千に言った。
「千さん、やった、大成功だ。とうとう神聖マロン帝国を宣言してしまった。まあ、ひっそりとですがね。神聖マロン帝国の川本三本って言いました。相手はきっと私の国の名前が神聖ローマ帝国と思ったのかもしれませんけどね。」
「ふふっ、先生。これで『以前伝えたように』って言えますね。」
「そう言う事です。相手はそれに疑義を示さなかった。大成功です。」
「楽しそうですね、神聖マロン帝国の三本先生。」
「ふむっ。」
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